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1979年の洋楽ロック&ポップス名曲ベスト20

ディスコ・ブームとニュー・ウェイヴのメインストリーム化がさらに進んだ印象がある1979年、日本ではニュー・ミュージックの一部がより洗練され、シティ・ポップ化していったりもした。この年にアメリカやイギリスでリリースされたポップ・ソングの中から、特に重要だと思える20曲を選んでいきたい。

20. Cruel To Be Kind – Nick Lowe

ニック・ロウがブリンズレー・シュウォーツ時代にイアン・ゴムと共作した曲で、イギリスやアメリカのシングル・チャートで最高12位のヒットを記録した。フィリー・ソウルからインスパイアされたという、とてもキャッチーで素晴らしい曲である。日本では「恋するふたり」の邦題で知られるが、落語家の三遊亭圓生が「恋のホワン・ホワン」のタイトルでカバーしたバージョンも一部では人気がある。

19. Hot Stuff – Donna Summer

ディスコ・ブームの時代に数々のヒット曲を生み出したドナ・サマーの代表曲の1つで、よりロック的なアプローチが見られるところが特徴的である。全米シングル・チャートで1位に輝いたほか、日本のオリコン週間シングルランキングでも最高17位を記録した。

18. I Wanna Be Your Lover – Prince

プリンスにとって初のメジャーなヒット曲で、全米シングル・チャートで最高11位を記録した。ファルセットで歌われる求愛ソングであり、後にリリースされる数々の代表曲ほどはまだ個性が全開になっていないが、じゅうぶんにらしさは感じられる楽曲である。

17. Video Killed The Radio Star – The Buggles

「ラジオ・スターの悲劇」の邦題でも知られるザ・バグルスのヒット曲で、全英シングル・チャートで1位に輝いた。日本でもラジオでよくかかっていて、オリコン週間シングルランキングでは最高25位を記録している。全米シングル・チャートでは最高40位とそれほど大きなヒットにはなっていないが、1981年にMTVが開局した際には、1曲目にオンエアされた。

16. Making Plans For Nigel – XTC

XTCがスティーヴ・リリーホワイトをプロデューサに迎えたアルバム「ドラムズ・アンド・ワイヤーズ」からシングル・カットされ、全英シングル・チャートで最高17位を記録した。息子の将来に向けてのレールを敷こうとする両親のことが歌われている。日本のロック・バンド、Base Ball Bearがライブの出囃子に使ったりもした。

15. My Sharona – The Knack

ザ・ナックのデビュー・シングルで、全米シングル・チャートで1位に輝いた。ビートルズの再来などと一時的にいわれていたような気もするバンドの一つで、この曲だけの一発屋のように見なされもするが、ポップスファンの間でまあまあ人気があり、少し前にもスピッツの草野マサムネが自身のラジオ番組で特集したりもしていた。

14. We Are Family – Sister Sledge

シックのナイル・ロジャースとバーナード・エドワーズが手がけた女性グループ、シスター・スレッジの代表曲で、全米シングル・チャートでは最高2位を記録して、ディスコ・クラシック化した。

13. Cars – Gary Numan

ニュー・ウェイヴ・バンド、チューブウェイ・アーミーのゲイリー・ニューマンがソロ名義でリリースした最初のシングルで全英シングル・チャートで1位に輝いたほか、全米シングル・チャートでも最高9位のヒットを記録した。テクノ・ポップのファンからもひじょうに人気があったアーティストである。

12. Typical Girls – The Slits

女性3人から成るニュー・ウェイヴ・バンド、ザ・スリッツのとてもカッコいいデビュー・アルバム「カット」にも収録された、素晴らしい楽曲。全英シングル・チャートでの最高位は60位だが、とにかくとても良いレコードである。やはりこの年にリリースされたマーヴィン・ゲイ「悲しいうわさ」のカバーも最高である。

11. Atomic – Blondie

ブロンディのニュー・ウェイヴとディスコ・ポップをミックスしたような楽曲で、全英シングル・チャートで1位に輝いた。邦題は「銀河のアトミック」、1996年の映画「トレインスポッティング」のサウンドトラックではブリットポップ・バンドのスリーパーがカバーしていた。

10. Message In A Bottle – The Police

ポリスの2作目のアルバム「白いレガッタ」から先行シングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで1位に輝いた。邦題は「孤独のメッセージ」である。曲調は初期のポリスに特徴的なレゲエ的なニュー・ウェイヴであり、ボトルメールと孤独について歌われている。

9. Comfortably Numb – Pink Floyd

ピンク・フロイドの2枚組コンセプト・アルバム「ザ・ウォール」からは、子供たちが学校教育を否定するような内容のコーラスを歌っていたりしたことによって放送禁止になった「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」が、アメリカでもイギリスでもシングル・チャートで1位になる大ヒットを記録したが、この曲は翌年にシングル・カットされたもののランクインはしなかった。とはいえ、ギター・ソロがひじょうに印象的だったりと人気が高く、2004年にはシザー・シスターズによるカバー・バージョンが全英シングル・チャートでトップ10ヒットを記録したりもしている。

8. Boys Don’t Cry – The Cure

ザ・キュアーの初期の代表曲だが、リリース当時はヒットしていなく、1986年にボーカルを録り直し、リミックスしたバージョンが全英シングル・チャートで最高22位を記録した。

7. Brass In Pocket – Pretenders

プリテンダーズのデビュー・アルバム「愛しのキッズ」からの先行シングルで、全英シングル・チャートで1位に輝いた。クッリッシー・ハインドのクールなボーカルがとても良い。2003年の映画「ロスト・イン・トランスレーション」では、スカーレット・ヨハンソンが東京のカラオケ店でこの曲を歌う。

6. Rapper’s Delight – Sugarhill Gang

1970年代に「ピロー・トーク」をヒットさせたシルヴィア・ロビンソンがプロデュースしたシュガーヒル・ギャングのデビュー・シングルで、全米シングル・チャートで最高36位を記録した。当時はまだローカルなサブカルチャーであったヒップホップ音楽を広く知らしめた楽曲である。

5. The Eton Rifles – The Jam

ザ・ジャムの4作目のアルバム「セッティング・サンズ」からの先行シングルで、全英シングル・チャートで最高3位を記録、バンドにとって初のトップ10ヒットとなった。イギリスの裕福な家庭の子供が通うパブリック・スクール、イートン・カレッジの軍事訓練について歌い、労働者階級の怒りを表明した楽曲となっている。

4. Oliver’s Army – Elvis Costello & The Attractions

エルヴィス・コステロ&ジ・アトラクションズのアルバム「アームド・フォーセス」からシングル・カットされ、全英シングル・チャートで最高2位を記録した。ポップでキャッチーなサウンドとメロディーに乗せて歌われているのは、反戦のメッセージである。メインストリームでのヒットを狙ったサウンド・プロデュースが意図的にされていて、スティーヴ・ナイーヴのピアノなどはABBA「ダンシング・クイーン」にインスパイアされたものである。

3. Don’t Stop ‘Til You Get Enough – Michael Jackson

クインシー・ジョーンズがプロデュースしたアルバム「オフ・ザ・ウォール」からの先行シングルで、全米シングル・チャートで1位に輝いた。ファルセットで歌われたディスコ・ポップ的な楽曲で、日本では「今夜はドント・ストップ」の邦題とスクーターのCMソングとしても知られていた。

2. London Calling – The Clash

ザ・クラッシュの3作目のアルバム「ロンドン・コーリング」のタイトルトラックで、先行シングルでもある。全英シングル・チャートでの最高位は11位で、解散前におけるイギリスではバンドにとって最大のヒットとなった(アメリカでは「ロック・ザ・カスバ」が最高8位、イギリスでは解散後の1991年にリーバイスのCMに使われた「ステイ・オア・ゴー」が1位に輝いている)。この年の3月に発生したスリーマイル島での原子力発電所事故など、世界情勢を反映した黙示録的な歌詞と緊張感のあるサウンドが特徴的である。

1. Good Times – Chic

シックの3作目のアルバム「危険な関係」からの先行シングルで、全米シングル・チャートで1位に輝いた。印象的なベースラインはシュガーヒル・ギャング「ラッパーズ・ディライト」、クイーン「地獄へ道づれ」などにも引用され、ひじょうに有名になった。ディスコ・ブームを代表するヒット曲の一つであると同時に、ヒップホップの歴史にも大きな影響をあたえたということができる。

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