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ブルース・スプリングスティーン「ネブラスカ」について。

ブルース・スプリングスティーンの6作目のアルバム「ネブラスカ」がリリースされたのは、1982年9月30日である。一言でいうとフォーク的なアルバムであり、「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」やUSAフォー・アフリカ「ウィ・アー・ザ・ワールド」のソロ・パートに見られる、ハイテンションにロックな感じとはかなり違う。そして、評価はリリース当時からずっと高く、これがブルース・スプリングスティーンの最高傑作だとされるケースさえある。ブルース・スプリングスティーンといえばやはり「明日なき暴走」だとかその辺りだろうという意見は至極真っ当ではあるのだが、「ネブラスカ」を最高傑作とする感覚も分からなくはなく、けして逆張りなどでは絶対にないのだ。

そして、このアルバムは当時、全米アルバム・チャートで3位とかなり売れていた。全米はまあ良いとして、全英アルバム・チャートでも最高3位だったというのだから、相当なものである。当時、日本の音楽雑誌でもかなり大きく取り上げられていて、なんでも自宅のカセット・レコーダーで録音されたらしいということが話題になっていた。当時の私はラジカセか何かで録音したのかと思っていたのだが、実際にはティアックというメーカーの4トラックのレコーダーであった。元々はデモのつもりで録音していて、これを正式にはバンドでレコーディングする予定で、実際にそうしたのだが、実は自宅で録音したデモ・バージョンの方が良いのではないかという話もあって、こういうかたちでリリースされたらしい。

この時に書かれた曲の中にはバンドで演奏する方がより相応しいものもいくつもあって、それらは1984年にリリースされたアルバム「ボーン・イン・ザ・U.S.A.」に収録された。とにかく印象としてはひじょうに地味であり、イギリス以外ではシングルもカットされなかったので、ヒット曲も収録されていない。ただし「アトランティック・シティ」はビデオも制作され、MTVでまあまあ流れていたらしい。MTVは1981年に開局して、ヒットチャートに影響をあたえはじめていたのだが、それが顕著になったのはこの翌年、カルチャー・クラブやデュラン・デュランを中心とする第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンやマイケル・ジャクソン「スリラー」からシングル・カットされた「ビリー・ジーン」や「今夜はビート・イット」によってであった。

当時の日本人にとってアメリカは憧れの対象であり、ポップでリッチなイメージがあったのだが、一方で高度資本主義社会の歪みのようなものも生じていて、その暗部に目を向けた作品がこの「ネブラスカ」でもあった。ほぼ同じぐらいの時期にリリースされたビリー・ジョエル「ナイロン・カーテン」にもそのような側面もややあったのだが、これはポップ・アーティストが社会派ぶっていまひとつだった的な評価しかされていなかったような気がする。個人的にはとても大好きなアルバムなのだが。

当時、高校1年だった私には買えるレコードの枚数に限りがあったのだが、やはり「ネブラスカ」のようななんとなく地味に感じられて、聴いていても特にモテなさそうなレコードにはなかなか食指が動かず、当時は買っていなかったのだが、後にCDで買ってこれはかなりすごいのではないかと感じた。

アルバムの1曲目に収録されたタイトル・トラックの「ネブラスカ」はブルース・スプリングスティーンがテレンス・マリック監督の映画「地獄の逃避行」を見て着想を得たといわれていて、この作品がテーマにしている1958年にネブラスカ州で実際に起こった連続殺人事件がモチーフになっている。19歳の男と14歳の女のカップルが次々と罪のない人々を殺害していったこの事件は衝撃的だったといわれているが、その背景に当時の社会が抱える闇のようなものがあり、国家の繁栄の裏側で、そのような影の部分も実際にはあるのだということを顕在化しているようである。

そして、その繁栄にも陰りが見えはじめた頃、かつて実際に起こったこの事件について淡々と歌われるこの曲が新たなリアリティーを獲得していたのだろうか。自宅で4トラックのカセット・レコーダーによってレコーディングされたがゆえのローファイさが、絶妙なリアリティーを生々しく演出しているようにも思える。アナログレコードではA面の4曲目に収録された「ジョニー99」もまた、犯罪者をテーマにした楽曲である。犯罪はもちろん社会的に悪いことではあるのだが、それを生み出す上において、社会の歪みのようなものが確実にあると、特に主張してはいないのだが、淡々と語るように歌うことによって、そうしたメッセージを発しているようでもある。

の次に収録された「ハイウェイ・パトロールマン」は後にショーン・ペンによって「インディアン・ランナー」として映画化され、そのシーンを用いたミュージックビデオも制作されている。権力の側につく兄が犯罪を犯した弟を、自らの主義に反して逃がす。モラル的に正しいかといえばけしてそうではないのだが、けしてそれだけでは割り切れない人間の悲喜こもごもというか、絶妙に微妙なリアリティーとでもいうようなものが、ポップ・ミュージックというフォーマットによって表現された、実に素晴らしい楽曲である。

アナログレコードではA面の最後に収録された「シテイト・トゥーパー」ではこのアルバムに収録された多くの曲がそうであるように、ギター弾き語りのような形式の曲なのだが、ボーカルの強弱やファルセットを効果的に用いることによって、かなりのことを伝えている。

アナログレコードのB面では、「オープン・オール・ナイト」がチャック・ベリー的なロック・チューンで、アルバム収録曲の中でもわりと親しみやすく、程よいアクセントになっている。このアルバムでは、エレキギターが用いられた唯一の曲でもある。

不確かさの中で真実に近いようなものを、なんとなくつかんだような気になって、日々を何とかやり過ごしている、というような現実は、多くの人々にとってリアルに感じられるものであり、ポップ・カルチャーの存在意義の一つとして、たとえばそれに寄り添うというようなこともあるように思える。ゆえに、リリースからしばらく経ってなお、あるいはより一層、このアルバムの価値は高まっているような気もするのだった。

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