「M-1グランプリ2020」について。
最近ではここにもお笑いのことをほとんど書かなくなってしまっているわけだが、とりあえず賞レース的なテレビ番組は視聴をしていて、「M-1グランプリ2020」についていうならば、ごく一部の極度に苦手なコンビを除いて、YouTubeやGyao!に公開された予選のネタ動画は数百本すべて観た。あと、準決勝戦は昨年に続いてイオンシネマ多摩センターに観に行った。今年は決勝進出者発表まで観ることができたので、昨年にも増してひじょうに楽しかった。
「M-1グランプリ」は毎年、12月の日曜日に開催される。これまでは常に仕事と重なっていたため、休憩時間を利用して敗者復活戦の一部だけ観て、帰宅後に決勝戦を途中から観て、その後で録画したものをはじめから観るというようなパターンが多かった。しかし、今年は「M-1グランプリ」という大会が発足してから初めて、仕事が休みで敗者復活戦(厳密にはその順番を決めるくじ引き)から生で観られるという、ひじょうに贅沢なことになっていた。来年にはまたどのような状況になっているか分からないので、もしかするとこれは一生で一度きりのことかもしれない。思う存分、楽しもうと思い、実際そうした。
「M-1グランプリ」を毎年観ているが、満足度が高い時とそうではない時がある。最近では大ファンといえるようなコンビが出場しているわけでもなく、それほど一喜一憂というほどでもなくなってしまったのだが、それでも贔屓しているところをマイルドに応援してしまったりということはある。今年は昨年の次ぐらいに満足度というか納得度も高かったため、とても良かった。
実は少し前に開催された「女芸人No.1決定戦 THE W 2020」などもガッツリ観ていて、昨年に引き続き、感想のようなものを書こうなどとも考えていたのだが、私が個人的にお笑いに求めているもののほぼすべてが詰まっているというか、もしかするとそれを超えてきたAマッソのネタが圧勝と思いきや、早々と敗退したことにショックを受けすぎて、それ以降も番組を視聴してはいたものの、優勝した吉住を含め、内容がまったく頭に入ってこないという重症に陥ったため、残念ながら書くことができなかった。これは、かつて笑い飯が出場していた頃の「M-1グランプリ」を観ていた感覚にひじょうに近く、私にもまだこういう部分が残ってもいたのだ、と後から少しうれしくなったりもした。
イオンシネマ多摩センターで観た準決勝戦はとてもおもしろく、すべてのネタを観終わった後では、おいでやすこが、オズワルド、錦鯉、マヂカルラブリー、ゆにばーす、滝音、ウエストランド、コウテイ、タイムキーパーの9組が決勝進出するのではないか、というかすればいいなと思っていたのだが、おいでやすこが、オズワルド、錦鯉、マヂカルラブリー、ウエストランドは決勝進出して、ゆにばーす、滝音、コウテイ、タイムキーパーはしなかった。代わりに、アキナ、見取り図、ニューヨーク、東京ホテイソンが決勝に進出した。
昨年もそうだったが、この結果は順当だと感じた。実際に準決勝戦を観ていないと、勝手な憶測や陰謀論めいた考えが頭をよぎったりもするのだが、観ると納得できる。自分自身の好みではないがしっかりウケている組が決勝進出していたり、自分自身の好みではあるが、確かに仕方がないところもあるな、と思える組が敗退していたりもする。
今年は9組中3組が吉本興業ではない事務所に所属し、6組が東日本出身の組と、いずれも例年よりも多めなところが特徴であった。それも、たとえばなんとか枠というようなものがあるわけではなく、とにかくおもしろい組が選ばれた結果だろうと納得ができた。
などと書いていると、もはや「M-1グランプリ」のカルト的な信者なのではないかと思われそうなのだが、これもここ2年のことであり、一昨年などはちゃんとまったく納得がいっていなく、自分自身の趣味嗜好が世間とはズレているかもう古いので、審査結果に一喜一憂するのはもうやめて、純粋に良質なネタ番組として楽しもう、などという境地にも達していたのである。そして、来年、またそれに戻らないとも限らない。これはもう本当にそう。
準決勝戦の感想を当日に書いたのだが、ピン芸人同士によるユニットである、おいでやすこがが最もおもしろいと思った。マヂカルラブリーは漫才師を評価するという概念に照らし合わせるといかにも異端であるような気もして、元々、それほど好みのタイプではないのだが、その気迫のようなものにおもしろいと思ってしまったし、お笑いとしての強度は相当なものだと思ってしまった。
一方で、ニューヨークはものすごくウケていて、個人的にもスター性があり、YouTubeチャンネルで公開した「ザ・エレクトリカルパレーズ」という長尺の映像作品がたまらなく良いなど、ひじょうに好きなところもあるのだが、ネタが個人的な趣味に合わなかったりもした。
いわゆるコンプライアンスは方向性が少しずれているのではないかと感じることはあっても、行き過ぎているとはまったく思っていなく、むしろまだまだ足りなすぎるぐらいではないかというような感覚である。
ポップ・カルチャーというものは、ジャンルにかかわらず何者かに加担する宿命から逃れることができず、社会や政治に対して、望むと望まざるとにかかわらず、なんらかの影響をあたえてしまうものである。そこで、たとえばマイノリティーの人権侵害であったり、性犯罪の助長につながるようなものは、やはり望ましくないと強く感じる。よって、「女芸人No.1決定戦 THE W 2020」で、私がお笑いに求めるもののほとんどすべてというか、それを超えてすらいるのではないかと感じたネタをやり、敗退後は番組を観る気がまったくなくなったぐらいのAマッソにしても、そのすべてを手放しで支持しているわけではない。だからこそ、あのネタは圧倒的だったということでもあるのだが。
それはそうとして、そんなにもコンプライアンスを求めているのならお笑いなんか見るなとか、コンプライアンスなどを無視や敵視した無法地帯こそがお笑いの醍醐味だろうというような意見は確かにあるのだろう。しかし、私はコンプライアンスに則った上でとてつもなくおもしろい笑いについて、他のアートフォームでは代替することができない素晴らしい価値を見いだしているため、これからもお笑いを必要とし続けると思うのだ。
結論からいうと、マヂカルラブリーの優勝を予想してはいなかったが、結果には大満足にして大納得である。私も漫才に対して話芸的なものを求めている古いタイプのファンなのだろうなという自覚はあり、それゆえに過去の「M-1グランプリ」の審査結果になかなか納得がいかなかったりしたこともあった。マヂカルラブリーの芸風についても、それほど好みというわけではない。「R1ぐらんぷり2020」で優勝した野田クリスタルのネタの一部について、おそらく悪気は無いのだろうが、コンプライアンス的に個人的に加担することができない部分を感じたりもしていた。
しかし、準決勝で観たつり革のネタ、今回、決勝戦のファイナルラウンドでやったやつだが、あれは最高だと思ったのであった。方向性は以前からそれほど変わってはいないのだが、演技力であったり、おもしろいことをやろうとする気迫のようなものがハンパではない。センスに熱量が乗っかってきている。元々、あのセンスが好きな人たちにはたまらないのだろうが、そもそもそうでもない私のような者をも納得させるだけの強度を感じた。
このマヂカルラブリーが優勝したことによって、あれは漫才ではないとか、コントではないかとかそのような意見もあるようだが、マヂカルラブリーというコンビの芸風というのは、野田クリスタルがワイシャツとスラックスではなく、タンクトップとブルージーンズでネタをやっている頃からずっとそうであり、それを漫才と認め、優勝させたのは番組であり審査員である。そして、この評価に私は完全に納得している。
漫才というフォーマット、その限定された範疇において自由の可能性を追求しているところが、たまらなくニュー・ウェイヴでシビれるともいえる。しかし、これはおそらく趣味嗜好の問題なのだろう。
おいでやすこがについては、こがけんのハイブロウま歌ネタとおいでやす小田のキレ芸との化学反応というか相乗効果、これが理屈抜きの魅力である。過去のいつかの「R1ぐらんぷり」についてここに書いていたと思うのだが、私はこがけんのネタがそもそもわりと好きだったような気もする。
とはいえ、おいでやす小田のプロップスが上がってくると、個人的には大好きなヒューマン中村ももっと評価されろ、と思ってしまう。一昨年に大阪でツーマンライブを観たが、その時に一緒にやっていた清友はどうやらコンビを組んだらしい。
アキナは準決勝でトップウケだったらしく、一般視聴者による優勝予想でも上位に入っていたと思う。準決勝戦で確かにものすごくうけていたし、そもそも私も個人的にアキナはわりと好きな方のコンビだという自覚はなんとなくあったのだが、準決勝戦および決勝戦でやったネタはまったくハマらず、これは自分自身の感性が世間一般とズレていて、おそらくもうダメなのだろうな、と感じてもいた。しかし、決勝戦での審査結果でもいまひとつであり、しかし、これは場所というか客層が変わればとてつもなくウケるネタなのだろうな、ということはなんとなく思った。
ニューヨークが呼ばれた時、昨年は屋敷裕政が懇意にしているバイク川崎バイクの「ブンブン」というギャグのポーズをやっていたが、今回は見送るマヂカルラブリーの野田クリスタルが一部で空前の大人気を誇るエレパレことザ・エレクトリック・パレーズのキメポーズをやっていたようにも思えた。が、見間違えた可能性もある。
昨年、ツッコミが好みではないと評した松本人志から高得点を勝ち取り、渾身のガッツポーズを見せたシーンはとても良かったし、胸も熱くなった。ネタは個人的に好みではなかったとしてもだ。
敗者復活戦ではゆにばーすが本当におもしろくて、最終の3組には残ったものの残念ながらインディアンスに敗れたものの、確実に漫才コンビとしての能力は高まっていると思えるため、とても良い感じであり、それに相応しい結果が早く訪れろと個人的には感じた。
マヂカルラブリーについては、奇才・野田クリスタルに注目があつまりがちなのは当然とはいえ、ツッコミの村上がもちろん重要である。コンビのバランスとしては常識人を演じることを余儀なくされていると思われるが、すでに本名が「村上」ではない(ちなみに、「鈴木」らしい)。
準決勝戦と決勝戦ファイナルラウンドで披露して優勝を決めたつり革のネタだが、今年はいわゆるコロナ禍の影響で、電車通勤なのだがつり革を触らないように気を配っていた大人の人たちが(私を含め)わりと多かったような気がする。そういった意味でも、個人的には今年ならではのリアリティーとしても響いたところがひじょうにあった。
あれだけぶっ飛んだネタをやっておきながら、優勝が決まった時にはボロボロ泣きまくっていたところにもひじょうに好感が持てた。そして、「M-1グランプリ2017」で初めて決勝進出した時から続く、審査員、上沼恵美子とのエピソードも、これ以上はおそらくないだろうというレベルのストーリー性、及び相応しい大団円を迎えた。
スピードワゴンの小沢一敬やワンドウィッチマンの伊達みきおなどがすでに、漫才は自由というようなことを言っているようだが、私個人的にもマヂカルラブリーの今回のネタは紛れもなく漫才であり、たとえばこれを漫才ではないと排除すような大会だったならば、私は「M-1グランプリ」にそれほどの価値を見いだしていないような気もする。
それにしても、本当に素晴らしいコンテンツであり、早くも来年が楽しみなのだった。