ナンシー・シナトラ「にくい貴方」【名曲レヴュー】
1966年2月26日の全米シングル・チャートでは、ナンシー・シナトラ「にくい貴方(原題:These Boots Are Made For Walkin’)」がルー・クリスティ「恋のひらめき(Lightnin’ Strikes)」を抜いて1位に輝いていた。他にこの週の全米シングル・チャートで10位以内にランクインしていた曲としては、この年の年間1位となるバリー・サドラー軍曹「悲しき戦場」、スティーヴィー・ワンダー「アップタイト」、シュープリームス「2人だけの世界(邦題:My World Is Empty Without You)」、ママス&パパス「夢のカリフォルニア」などがある。
ナンシー・シナトラはもちろん超大御所の歌手で俳優でエンターテイナー、フランク・シナトラの娘で、それまでにいくつかレコードもリリースしていたのだが、アメリカやイギリスをはじめほとんどの国では1曲もヒットしていなかった。例外として1962年のシングル「レモンのキッス」がイタリアのシングル・チャートで最高2位を記録し、日本でもヒットしていた。ザ・ピーナッツなどによるカバーバージョンにも人気があったようである。この曲はフィル・スペクターを中心とするテディ・ベアーズが1958年にヒットさせた「会ったとたんに一目ぼれ(原題:To Know Him Is To Love Him)」をカバーしたバージョンとのカップリングでリリースされていた。
シンガー・ソングライターとして活動していたリー・ヘイゼルウッドはフランク・シナトラからの依頼によって、その娘であるナンシー・シナトラの音楽活動にたずさわるようになる。「にくい貴方」は当初、リー・ヘイゼルウッドが自分で歌う曲として書いたものであり、その内容はテキサスの酒場で聞いた一般市民の会話からインスパイアされたものだという。そこにいた年配の男は若い女性と付き合っていたが、いかに彼女にコントロールされているかということを、他の男達から強く指摘されていたという。そこで、その年配の男はそれでも家では自分こそが主人であり、もしそうでなくなった時には、ブーツが彼女の上を歩くことになるだろう、というようなことをいっていたという。
リー・ヘイゼルウッドが書いたこの曲を、ナンシー・シナトラはぜひ歌いたいと希望したのだが、これは男が歌う曲だといわれてしまったらしい。しかし、これに対し、ナンシー・シナトラはこの曲をあえて自分のような小娘が歌うというのがまた良いのではないかと言い返して、実際にレコーディングされることになったのだという。当時、リー・ヘイゼルウッドは36歳、ナンシー・シナトラは25歳であった。そうしてリリースされたこの曲は全米シングル・チャートで1位に輝くほどの、大ヒットになったのであった。1966年の全米シングル年間チャートにおいては13位にランクインして、ジミー・ラフィン「恋に破れて」を挟んで、15位が父であるフランク・シナトラの「夜のストレンジャー」であった。
この曲はイギリスなどでも1位に輝いたのだが、その後、ナンシー・シナトラはいくつものヒット曲を世に送り出すようになり、1967年にはフランク・シナトラとの父娘デュエットで「恋のひとこと(原題:Somethin’ Stupid」を2曲目のNO.1ヒットにしている。また、リー・ヘイゼルウッドとは1968年にデュエットアルバム「ナンシー&リー」をリリースするなど、その後もかかわっていくことになった。
「にくい貴方」には当時としてはまだ珍しかったミュージックビデオがつくられたりもして、そこではゴーゴーダンサーのような人達が陽気に踊っているなど、グルーヴィーな60年代を感じることができる。1992年の六本木WAVEには後に「渋谷系」と呼ばれるようなセンスの棚があり、ハーパース・ビザールの再発盤や53rd & 3rdのコンピレーションなどが一緒に展開されていたりもしたのだが、そこにナンシー・シナトラのCDも置かれていて、なるほどそういう人達にも好かれる内容の音楽なのかと納得した記憶がある。
その年、スチャダラパーがソニーと契約してから最初のアルバム「タワーリング・ナンセンス」がリリースされたのだが、それにはメンバーがリスペクトする谷啓をフィーチャーした「あんた誰?」が収録されていて、「にくい貴方」の印象的なフレーズが引用されてもいた。しかし、日本で最もこの曲がよく聴かれたのは、とんねるずの石橋貴明と当時はSMAPのメンバーであった中居正広が司会をするTBSテレビ系の音楽バラエティ番組「うたばん」であろう。この番組では、オープニングやエンディングで「にくい貴方」の特にエンディング近くを流していた。
また、スタンリー・キューブリック監督による1987年の戦争映画「フルメタル・ジャケット」においては、ミニスカート姿のセクシーな女性が登場するシーンで、この曲が効果的に使われていた。また、カントリーのビリー・レイ・サイラスからスラッシュメタルのメガデスまで、様々なアーティスト達によってカバーもされている。
あと、ナンシー・シナトラ楽曲のポップ・カルチャーにおける使用例としては、2009年の映画「(500)日のサマー」でのオフィスパーティーのシーンで、ヒロインのサマーが「シュガー・タウンは恋の町」をカラオケで歌うところが最高であった(主人公のトムは泥酔状態でピクシーズ「ヒア・カムズ・ユア・マン」を歌っていた)。
ナンシー・シナトラのボーカルといえばぶっきらぼうで挑発的にも感じられがちなところがまたクールでとても良く、「にくい貴方」の内容にもハマっていたように思える。しかし、それはナンシー・シナトラ自身の本質を必ずしも反映してはいなく、この曲によってついたイメージとのギャップに苦しむこともあった、と後に語られているようである。
この曲を収録したアルバム「ブーツ」はナンシー・シナトラのデビューアルバムとなり、全米アルバム・チャートで最高5位を記録した。ニットを着て、赤いスカートとブーツを履いたナンシー・シナトラがこちうらを見つめるジャケットも最高なのだが、ローリング・ストーンズ「アズ・ティアーズ・ゴー・バイ」やビートルズ「デイ・トリッパー」のカバーなども含む内容もとても良い。