1982年の洋楽アルバム名盤ベスト20
1982年にリリースされた洋楽アルバムからこれは名盤なのではないかと思える20タイトルを挙げていきたい。
20. Songs To Remember – Scritti Politti
スクリッティ・ポリッティのデビューアルバムで、全英アルバム・チャートで最高12位を記録した。
これ以前のシングルではより実験的な音楽をやっていたスクリッティ・ポリッティだが、いろいろあってやっと完成し、それから発売までには意図的に時間をおいたこのデビューアルバムでは、あえてポップを指向している。
とはいえ、ポップといってもありきたりなそれではなく、レゲエやソウルやファンクやジャズといった音楽の影響を程よく取り入れたひじょうにユニークなものになっている。
中心メンバーのグリーン・ガートサイドは美青年としても知られているが、それでいて甘いボーカルと天才的な音楽性と天が確実に二物以上をあたえた好例であり、そのすごさがもっとも伝わりやすいのはこの次のアルバム「キューピッド&サイケ85」だったとしても、このアルバムにはより自由な感覚もあり、とにかくとても良いポップアルバムなのである。
19. Kissing To Be Clever – Culture Club
カルチャー・クラブのデビューアルバムで、全英アルバム・チャートで最高5位を記録した。
最初の2枚のシングルはあまり売れなかったのだが、その次の「君は完璧さ(原題:Do You Really Want Hurt Me)」が全英シングル・チャートで1位に輝いて、一気に人気者になった。
ユニセックス的なボーイ・ジョージのルックスとソウルフルなボーカルが最大の魅力だが、ソウルミュージックからの影響をカジュアルに取り入れた音楽性もひじょうにユニークであった。
完成度でいうとカルチャー・クラブの場合、2作目の「カラー・バイ・ナンバーズ」が圧倒的であり、実はこのデビューアルバムはそこまでではない。にもかかわらず、未完成ならではの自由さが感じられてこのアルバムならではの良さというのも確実にある。
翌年には「君が完璧さ」がアメリカでも最高2位のヒットを記録し、デュラン・デュランと共に第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの中心的なバンドとして知られるようになる。
「タイム」はイギリスや日本ではシングルで発売され、アメリカではデビューアルバムに入っていて、これも全米シングル・チャートで最高2位、次の「タンブル・4・ヤ」もトップ10入りして、デビューから3曲連続トップ10入りはビートルズ以来、などと話題になったりもしていた。
18. You Can’t Hide Your Love Forever – Orange Juice
オレンジ・ジュースのデビューアルバムで、全英アルバム・チャートで最高21位を記録した。
イルカのジャケットがひじょうに印象的で、イルカといえば「わんぱくフリッパー」である。このアルバムは90年代にフリッパーズ・ギターの解説つきで日本盤のCDが発売され、いたいけな少女たちにたくさん売れたらしい。私はお金を節約したかったので、「ザ・オレンジ・ジュース」との2in1CDで持っていた。
それはそうとして、オレンジ・ジュースはイギリスなどではポストパンクバンドなのだが、日本ではネオアコのバンドであり、このネオアコというサブジャンル自体が日本でしか通用しないというような話があったりもする。
スコットランドのインディーレーベル、ポストカード時代のシングルはもっとポストパンク的でそっちの方が圧倒的に好きだという人たちも少なくはないのだが、ポリドールに移籍してからリリースされたこのアルバムではよりキャッチーになって、キラキラしているのがとても良い。
17. Night And Day – Joe Jackson
ジョー・ジャクソンの5作目のアルバムで、全英アルバム・チャートで最高3位、全米アルバム・チャートでも最高4位を記録した。
1979年にニューウェイヴ的な「奴に気をつけろ(原題:Is She Really Going Out With Him)」でブレイクしたジョー・ジャクソンだが、メインストリームでメジャーにヒットした印象が強いのはジャズやラテンのフレイバーが感じられるこのアルバム、特にシングルとしてヒットした「夜の街へ(原題:Steppin’ Out)」であろう。
レコードでいうところのA面に夜、B面に昼をコンセプトにした曲が収録されている。
16. Pornography – The Cure
ザ・キュアーの4作目のアルバムで、全英アルバム・チャートで最高8位を記録した。
わりとヒットしていたにもかかわらず、当時の評価は芳しいものではなく、その理由としてあまりにも暗すぎて救いようがないということが挙げられる。
根本的には漆黒をかかえていながらも、ポップでキャッチーな楽曲もわりと多いというザ・キュアーのイメージが形成されていったのはこれ以降からであり、この時期はまだかなり暗いというか、このアルバムこそが暗さのきわみといういったところがある。
そういったわけで、いまやその暗さゆえに評価されているようなところがあったり、むしろこっちの方がザ・キュアーの本質なのではないか、と思えるまである。
いやけしてそんなことはおそらく無いのだが、それでもザ・キュアーのゴシックロック的な良さが最も感じられるアルバムといえば、やはりこれなのではないだろうか。
15. Sulk – The Associates
スコットランド出身のニューウェイヴバンド、アソシエイツの2作目のアルバムで、全英アルバム・チャートで最高10位を記録した。
シングルとしてヒットした「パーティー・フィアーズ・トゥー」はシンセポップの名曲として取り上げられがちでもあるが、このバンドの音楽性というのはそれに留まるものではまったくなく、あくまでもポップスというフォーマットの範囲内でいかに変わったことをやっていくかとでもいうべき熱量にはすさまじいものがある。
それが最もヴィヴィッドに感じられるのがこのアルバムなのだが、このわりとすぐ後にこのラインナップでのバンドは事実上、崩壊することになっていった。
14. The Number Of The Beast – Iron Maiden
イギリスのヘヴィーメタルバンド、アイアン・メイデンの3作目のアルバムで、全英アルバム・チャートで初の1位に輝いていた。
それまでのアルバムとどこが違っているかというと、最も大きいのがボーカリストとしてブルース・ディッキンソンが加入している点であろう。
ハイトーンボイスのボーカルパフォーマンスはいかにもヘヴィーメタルという気分を盛り上げてくれるものであり、楽曲や演奏の素晴らしさをより引き立てているように思える。
当時はパンクやニューウェイヴとハードロックやヘヴィーメタルとを同時に好きでいてはいけない、という謎の風潮があったりもしたのだが、確かにアイアン・メイデンのレコードというのはジャケットのイラストやバンドのロゴからして、これはちょっと趣味に合わないのではないかと思わせやすかったとしても、こんなにも充実した音楽をそれだけで聴かないというのはあまりにもったいなさすぎる。
そして、やがてこのジャケットのイラストやバンドのロゴなどですら、実はかなりカッコいいのではないかと思えてきたりもするのである。
13. Too-Rye-Ay – Dexy’s Midnight Runners
デキシーーズ・ミッドナイト・ランナーズの2作目のアルバムで、全英アルバム・チャートで最高2位を記録した。
デビューアルバム「若き魂の反逆児を求めて」とはビジュアルイメージも音楽性もわりと変わっているのだが、このアルバムといえば大ヒットシングル「カモン・アイリーン」を収録したアルバムとして知られている場合が多いような気もする。
この曲はイギリスのみならずアメリカでもシングル・チャートの1位になったのだが、時期的に第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンの一味と見なされていたと思われる。しかも、イギリスでは「ジーノ」に続く2曲目のNO.1ヒットだったのに対し、アメリカではこの曲以外ほとんどヒットしていないので、一発屋的に見られていたとするとひじょうに悲しい。
「女の泪はワザモンだ」というクセがすごい邦題でも知られるこのアルバムの音楽性を一言でいうとケルティックソウルとでもいうべきもので、いきなりそう言われてもピンとこないのだが、聴けば納得というやつであり、ヴァン・モリソン「ジャッキー・ウィルソン・セッド」のカバーなどもとても良い。
12. Rio – Duran Duran
デュラン・デュランの2作目のアルバムで、全英アルバム・チャートで最高2位を記録した。
というよりも、全米アルバム・チャートで最高6位を記録したことの方が大きいかもしれない。いわゆる第2次ブリティッシュ・インヴェイジョンと呼ばれる、イギリスの主にニューウェイヴやシンセポップのバンドやアーティストがアメリカのチャートで活躍しまくる動きの中心的な存在であった。
「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」「リオ」「セイヴ・ザ・プレイヤー」といったヒット曲をはじめ、シンセサウンドが冴えまくった素晴らしいポップアルバムであり、これ以降はよりかっちりとしたサウンドになっていくことを考えても、自由な発想が溢れまくっていてとても良い。
もちろんビジュアル的な良さにもよるアイドル人気がひじょうに高かったわけだが、音楽面においても素晴らしかったのである。
11. Avalon Roxy Music
ロキシー・ミュージックの8作目にして最後のオリジナルアルバムで、全英アルバム・チャートで1位に輝いた。
「夜に抱かれて(原題:More Than This)」がブライアン・フェリーのダンディーなイメージと共に日本でもわりと人気があり、現在ではソフィスティポップなどと呼ばれているタイプのアルバムとしても機能していた印象がある。