ザ・ウィークエンド「Dawn FM」アルバムレヴュー

2022年最初のビッグなアーティストによるニューアルバムとして、ザ・ウィークエンドの「Dawn FM」がリリースされた。結論からいってしまうととても良い。クオリティーはひじょうに高いのだが、とても聴きやすい。そして、それはどうやら意図されたものでもあるようなのだ。

ところでザ・ウィークエンドとはどのようなアーティストなのかということを、いまさらながら手短に振り返っておきたいのだが、これは今日のように趣味や嗜好が多様化した状況においては、実はものすごくメジャーなのだがまったく知らないものというのも少なからずあり、興味がなかったのだが知ってみるとかなり良かったというようなことが、特にこのザ・ウィークエンドというアーティストについては起こりかねないと考えるからである。

それで、まずザ・ウィークエンドというのはバンドやユニットではなく、カナダ出身のアーティスト、エイベル・マッコネン・テスファイ個人である。ザ・ウィークエンドというネーミングの由来は、週末つまりウィークエンドに家を出たかららしい。英語で表記すると「The Weekend」ではなく「The Weeknd」であり週末を意味するには「e」が不足しているのだが、これは「The Weekend」というバンドがカナダにはすでに存在していたことが理由らしい。「岬めぐり」を70年代にヒットさせた山本コウタローのバンドとはもちろん関係ない。

それでこのザ・ウィークエンドなのだが音楽活動を開始したのが2010年ぐらいで、いまどきらしくミックステープと呼ばれる自主製作音源を発表すると一躍話題になり、ドレイクのアルバムに参加したりもする。それからメジャーと契約し、ヒット曲を続けざまに出したりグラミー賞を3度も受賞したりする。

2019年にリリースしたシングル「ブラインディング・ライト」は全米シングル・チャートで1位に輝いた後もかなりの長きにわたって上位にランクインし続けていて、ビルボードの歴代のランキングを何らかの指標で集計したもので、チャビー・チェッカー「ザ・ツイスト」(1960年)を抜いて1位、つまり史上最もヒットした曲と見なされるに至った。

音楽性はオルタナティヴR&Bなどといわれたりもするのだが、80年代ポップス的なテイストが強かったりもする。以前はそういった音楽を取り入れているという程度ではあったのだが、「ブラインディング・ライト」やこの曲を収録して大ヒットしたアルバム「アフター・アワーズ」などにおいては、80年代ポップスにどっぷりとつかった上で血肉化し、自分なりの新しいそれを生み出しているのではないかとも思える気合いを感じる。

そして、デュア・リパのアルバムタイトルでもあったが、フューチャー・ノスタルジアというのか、80年代ポップス的なサウンドがいまや旬でもあったりするので、まったく古臭くないというかむしろトレンディーに感じられるのである。たとえば80年代のマイケル・ジャクソンやプリンスの音楽をいまどきな感じにしたというか、実際にザ・ウィークエンド自体が当時のマイケル・ジャクソンやプリンスに匹敵するか、もしかするとそれを超えている可能性すらあるぐらい人気があるので、その例えもけして大げさではない。

そして、「ブラインディング・ライト」や収録アルバム「アフター・アワーズ」は80年代ポップス的であるのと同時にダークなトーンもその特徴であり、それがコロナ禍の気分とマッチしたこともあり、さらに売れまくったのではないかという意見もある。

それで、この「アフター・アワーズ」の次のアルバムとしてリリースされたのが、今回の「Dawn FM」である。このアルバムの構想については以前から語られていたのだが、実際に具体的なリリース日などが明らかにされたのは、2022年に入ってからであった。もちろん期待は高まっていたのだが、あれを超えるアルバムがそう簡単にできるのだろうか、という感じはあったように思える。そもそも簡単にはできていなくて、「アフター・アワーズ」の後で新作をつくりかけたのだが、コロナ禍の影響もあってあまりにも暗いものができかけたのですべてボツにするということが一旦はあった。

2021年にザ・ウィークエンドは「アフター・アワーズ」の時代は終わり、夜明けつまりdawnが訪れるというようなことをいっていて、それがつまりこの「Dawn FM」だったわけである。

「アフター・アワーズ」には閉店後というような意味があって、深夜のイメージだとかダークなテイストがひじょうに強く、それがコロナ禍にマッチしていたというのはおそらくその通りなのだろうが、「Dawn FM」は暗闇の後の夜明けとでもいうような感じなのだろう。コロナ禍も本当に終わればよかったのだが、どうやらそうでもなくなってきたので、こういった時にこそ音楽には癒しの効果もあるというような論調になってきたりもしている。

「Dawn FM」の「Dawn」は夜明けだとして、「FM」は想像どおりラジオのFM放送のことである。それで、このアルバムにはいかにもFMラジオでかかっていそうな、ライトでスムーズな曲が収録されている。それでひじょうに聴きやすいのだが、合間にディスクジョッキーの語りやジングルなども出てきて、本当にラジオを聴いているような気分にもなってくる。もちろんラジオではいろいろなアーティストの曲がかかるのに対し、このアルバムにはザ・ウィークエンドの曲しか収録されていないのだが、そこは曲のクオリティーがいずれも高い上にバラエティーにもとんでいるので、信じられないことにしっかりと成立している。

それで、ディスクジョッキー役を務めているのが、俳優のジム・キャリーである。ザ・ウィークエンドとは同じカナダ出身であるばかりではなく、ザ・ウィークエンドが子供の頃に劇場で初めて見た映画はジム・キャリーが主演した「マスク」だったという。ザ・ウィークエンドは1990年生まれで、「マスク」が初めて公開されたのは1994年であった。

車を運転したまま渋滞でトンネルから長いこと出られなかったとしても、気持ちがささくれ立つことがないように、ラジオはライトでスムーズなヒット曲をかける。「Dawn FM」に収録された曲は、「アフター・アワーズ」同様に80年代ポップスからの影響が感じられるものではあるのだが、ダークなトーンは後退していて、全体的に明るくて聴きやすい。報われない恋などのテーマを扱っていたりしても、あくまでFMラジオでかかっていそうなライトでメロウな感覚がある。

80年代のシンセポップやブラック・コンテンポラリー、フューチャーファンクなどからの影響が感じられる上に、それらをいまどきっぽくアップデートしているようなところもある。とはいえ、このような音楽そのものがいまどきのトレンドでもあり、それはジャパニーズ・シティ・ポップの海外での人気にも通じているのだろう、などと考えていると、「アウト・オブ・タイム」という曲でサンプリングされているのは亜蘭知子が1984年にリリースしたアルバム「浮遊空間」に収録された「MIDNIGHT PRETENDERS」である。作曲は織田哲郎で、長戸大幸と共にビーイングを立ち上げた偉大な方である。みうらじゅんの漫画家イラストでは顔がカニに似ているとよくいじられていた記憶がある。

「テイク・マイ・ブレス」は2021年にシングルでリリースされ、全米シングル・チャートで最高6位を記録していたのだが、当時の感想としては「アフター・アワーズ」の延長線上にある80年代ポップスに影響を受けた楽曲だが、やや薄味すぎはしないだろうかとも感じていたような気がする。しかし、「Dawn FM」のこの流れで聴くとしっくりくる。というか、実はかなり良い曲だったということが分かる。

シングルカットされるという「サクリファイス」を聴いていて、マイケル・ジャクソン「スリラー」の1曲目に収録された「スタート・サムシング」を思い出したりしていると、次の曲が「ア・テイル・バイ・クインシー」で、フュージョンというかクロスオーヴァー的な楽曲にのせて、「スリラー」をプロデュースしたクインシー・ジョーンズが家族との関係やそれが引き起こした問題などについて語る。

「ヒア・ウィ・ゴー…アゲイン」ではタイラー・ザ・クリエイター、「アイ・ハード・ユーアー・マリード」ではリル・ウェインがゲスト参加して、とても良い感じのラップを聴かせてくれている。「ヒア・ウィ・ゴー…アゲイン」にはビーチ・ボーイズのブルース・ジョンストンも参加するなど、ゲストもひじょうに豪華である。

歌詞にはプリンス、T・レックス、R.E.M.などからの引用かもしれないと思わせるフレーズもある。

「レス・ザン・ゼロ」は「ネバーエンディング・ストーリーのテーマ」すらも思い起こさせるノスタルジックなシンセポップだが、タイトルから想像するのは同じタイトルの小説でデビューしたブレット・イーストン・エリスである(その小説のタイトルはエルヴィス・コステロの曲名から取っている)。

既婚女性とのロマンスがテーマになっていると思われる「アイ・ハード・ユーアー・マリード」に最も顕著だと思えるのだが、80年代ポップスから影響を受けたシンセポップ的な楽曲であるのは良いとして、あまりにもベタというかありきたりに思えるフレーズ(言葉だけではなくメロディーやサウンドと一体化したものとして)がひじょうに多く、通常ならば陳腐に感じられるような気もするのだが、それがかなりの高いクオリティーでやられているので、むしろ快感というか職人芸的ともいえるすごみがある。

そして、「アフター・アワーズ」のダークなトーンとは違い、希望に満ちていてポジティヴなようにも感じられるのだが、表面的にはそれで良いとして、何度も聴いていると実はこれは現実世界に対するいよいよ決定的な絶望から開き直って、ファンタジーの質や量を高める方向にシフトしたのではないかと思えるようなところもある。そして、それは現実的に人の役に立つことはあるし、ある面において宗教に通じるところもあるのかもしれないと感じさせられた理はする。

とはいえ、まずはひじょうに優れたポップアルバムであり、コンテンポラリーに旬でありながら、トレンドがフューチャー・ノスタルジアであるがゆえに、マイケル・ジャクソンやプリンスのようなメインストリームでありながら実験的なこともやっているタイプのポップスの最新型として幅広い層の人々にとってお気に入りになりやすいのではないかとも思える。