サニーデイ・サービス「スロウライダー」について。

サニーデイ・サービスの11作目のシングル「スロウライダー」は、1999年8月18日に発売されていたようだ。水曜日で東京の天候は晴れ、最高気温は33.9度、オリコン週間シングルランキングの1位は浜崎あゆみ「Boys&Girls」であった。同じ日に発売されたシングルにhiro「AS TIME GOES BY」、ゆず「センチメンタル」、氷室京介「SLEEPLESS NIGHT~眠れない夜のために~」、GRAPEVINE「羽根/JIVE」(リミックスアルバム「Divetime」も同日に発売)などがあった。

サニーデイ・サービスは1992年に結成された日本のロックバンドで、下北沢などを好みそうな音楽ファンに人気がありそうというひじょうにあやふやな認識の仕方しかしていなかったのだが、個人的にはちゃんと聴いたことがなかった。当時、CDを仕入れて販売するような仕事をしていたので発注や陳列などをする中で、どのような人達にどれぐらい売れるアーティストなのかはなんとなく把握しているつもりだった。

その頃、日本のアーティストによるCDを仕事ではよく扱っていたのだが、個人的にはあまり聴いていなかったし、夢中になれるものも少なくなっていた。それでもGREAT 3だけはなぜかかなり気に入っていて、どこがどうというよりもなんとなく体質に合うなと感じていたのだが、これもまた都心の方でしかあまり売れないような印象があったので、自分で買う分とプラス1枚ぐらいしか仕入れていなかった。1997年にリリースされた「ロマンス」というアルバムは渋谷ではものすごく売れたといわれていたのだが、それに「ナツマチ」という曲が収録されていた。

「君を抱いていられないのなら 死んだほうがましだ」などという致死量レベルの切なさ満載のフレーズが本当に最高だなと思いながら聴いていたのだが、この曲には「君を抱いていられないのなら あと2回しか夏が来なくてもいい」という歌詞もある。これはどういうことなのかというと、その少し前に「憶えているかい 1999年 夏に世界が終わるなんて話」という説明があり、なるほどそういうことかと納得がいく。しかし、それもいまやある年代以上の人達に限られるのかもしれない。

「ノストラダムスの大予言」というのがあり、それによると1999年の夏に世界が滅亡することになっていただったと思う。私はそういうのをほとんど信じていなかったし、興味もそれほどなかったのでいまも詳しくは説明できないのだが、なんとなく意識にはうっすらとあったような気がする。70年代半ばに大流行してそれからずっとだったので、なかなかしぶとかったということはできる。

それで、いざその1999年の夏が訪れたのだが、特に世界が滅亡するようなことはなく、「ASAYAN」でのランキング対決でモーニング娘。「ふるさと」が鈴木あみ「BE TOGETHER」に敗退したり、郷ひろみがリッキー・マーティンのカバー曲「GOLDFINGER’99」をヒットさせるのだが、後に渋谷スクランブル交差点ゲリラライブで騒動を起こすことになったり、とわりと牧歌的な感じであった。それよりも関心は大晦日から元旦に替わる瞬間に何かが起こるかもしれない、コンピューターの2000年問題に関心は移行していたような気がする。

その年の秋、つまりモーニング娘。に後藤真希が加入して「LOVEマシーン」がヒットしてからだが、仕事で表情のない若者と一緒になったのだが、私的な会話はほとんど交わさなかった。休憩室でカバンからCDを取り出して無言で見ていたのだが、それが岡村靖幸「セックス」とサニーデイ・サービス「MUGEN」であった。いま思うとあの「MUGEN」というアルバムに「スロウライダー」は収録されていたのだが、当時はまだ知らなかった。それよりも岡村靖幸を聴いていることに興味を持ったのだが、どうしてサニーデイ・サービスなのだろうという気分にもなっていたと思う。それで、やはり軽く声はかけたものの会話が広がったという記憶はまったくない。

デビューしてまだそれほど経っていなかった頃に雑誌のインタヴュー記事か何かで見て、内容はよく覚えていないのだが、なんとなくこれは好きではないような気がすると感じた。聴く機会がなかったというよりは、マイルドに避けていたところがおそらくはある。それは、はっぴいえんどに影響を受けていたともいわれる、どことなく日本的なイメージであった。それらをどこかで拒絶していたようなところがある。

それからずっと時は進むのだが、2016年に新潟を拠点とするアイドルグループ、Negiccoに突然ハマったことがあり、関連する情報ならばとにかくなんでもアクセスしていた。それで、最年少メンバーのKaedeがサニーデイ・サービスの「苺畑でつかまえて」という曲のビデオに参加しているという情報を得た。これはもちろん見るしかないのだが、それよりもサニーデイ・サービスというバンドは解散したと思っていたのだがまたやっているのだろうかとか、「苺畑でつかまえて」というタイトルの曲が松田聖子「風立ちぬ」のアルバムに入っていたが、あれは「いちご」がひらがなだっただろうか、とかいろいろなことを思ったりした。それでビデオを見てみたのだが、思っていた音楽性とはかなり違っていて、これはわりと好みなのではないかと感じた。

そうこうしているうちに、夏には買い取りも行っていた当時、働いていた店に「DANCE TO YOU」のCDが持ち込まれる。ジャケットのアートワークがシティ・ポップ的で、曲目を見ると「ベン・ワットを聴いている」などというタイトルがあったりもする。それからやっと聴きはじめるのだが、とにかくこれは完全に好きなタイプの音楽だと思い知らされた。

人生には何度か認めることがひじょうに困難なお別れというのがあるものだが、翌年の春、まさかのタイミングでそれが訪れた。その頃、「DANCE TO YOU」から「桜 super love」がシングルカットされたのだが、「きみがいないことは きみがいることだなぁ」ではじまるこの曲はいまの自分のために書かれた曲なのかというぐらいに没頭して聴き込み、号泣したりも真剣にしていた。あれからそれほど年月も経っていないのだが、いまやその時の感覚をまったく思い出せないので、人の感情というのはまったくいい加減なものである。

ベストアルバムを聴いていて気づいたのだが、この「スロウライダー」という曲だけはどこかのタイミングで聴いたことがあり、しかもかなり気に入っていたはずである。

ポップ・ミュージックとは聴く者の意識をここではないどこかへ連れていってくれるものでもあると考えるのだが、この「スロウライダー」という曲においては、そのここではないどこかへ連れていくことそのものがメインテーマになっているようにも思える。「ふたりだけで今日は過ごすよ」と歌われていることから、この曲の主人公は恋人と一緒に旅をしているとも考えられ、これによってラヴ・ソングとしての機能をも獲得しているように思える。そして、使っている交通手段は「貨物列車」だということで、まったく一般的ではない。さらには「鈍行列車」だったり「特急列車」だったりもするので、ゆっくりしているのか急いでいるのかもよく分からない。しかし、実はそここそがポイントであり、時には「鈍行列車」でゆっくり行くが、「特急列車」で急ぐ場合もある。そう考えていくと、この旅というのも単なる小旅行というよりは、人生そのもののことなのではないか、というような深読みができてしまったりもする。

そして、やはりどこか懐かしいロックのようではあるのだが、それでいて時流に流されない強度というか、エバーグリーンで確固としたものが感じられる。柔軟でやさしげではあるのだが、芯にとても力強いものがあるというか、頑固さのようなものさえ息づいているのではないか。

そして、ミュージックビデオを見たのだが、これも「ミュージックトマトJAPAN」か何かで見たような気もする。それほど大きくはないライブハウスのようなところでサニーデイ・サービスがこの曲を演奏し、客席で座ったままの客がそれを楽しんでいるというシンプルなものなのだが、これがとても良いのである。熱狂的に盛り上がっているわけでも、クールにすましているわけでもなく、とてもリラックスしたとにかく良い感じとしか言いようのない雰囲気が感じられ、それはこの曲にとても合っているように思える。このような気分でずっといられるなら、それはどんなに良いものだろうと思わずにはいられない。

ポップ・ミュージックというものはその作者が意図したかしなかったかにかかわらず、聴く者がどう捉えるかによって、どんどんその意味合いが変わっていくこともあると感じる。それで、ここではないどこかへの旅の気分をテーマにしたようにも思えるこの曲が、実は人生の指針というか哲学的な意味合いすら持ってはいないだろうかと、いま聴いて私はそう感じるのである。

ちなみにこの曲の翌々週には深田恭子「イージーライダー」という超名曲がリリースされるのだが、これらを私は1999年のライダーシリーズと勝手に呼んだりもしている。