man playing guitar

ザ・ストロークス「ルーム・オン・ファイア」について。

ザ・ストロークスの2作目のアルバム「ルーム・オン・ファイア」は、2003年10月28日に発売された。当時、わりと評価が高く、アルバム・チャートにおいてもアメリカで4位、イギリスで2位とかなり売れていた。しかし、デビュー・アルバムの「イズ・ディス・イット」があまりにも素晴らしすぎたのと、リリースのタイミングも完璧であり、ポップ・ミュージック史上ひじょうに重要な作品として評価が定まっていることもあってか、その影に隠れていまひとつ顧みられる機会が少ないような気もする。

というようなことを書いている私自身が、なんとなくザ・ストロークスの音楽が聴きたい気分の時にはだいたい「イズ・ディス・イット」を聴くことを選ぶ。2001年のリリース当時から20年以上聴いているのだが、まったく飽きることのない不朽の名盤といえるであろう。当時、アメリカではラップとメタルをかけ合わせような音楽や、イギリスでは暗くて真面目そうなロックが流行っているようなところがあり、いよいよロックの新しいトレンドにはもうついていけない状況というのが自分にも訪れたのかな、というように感じていた。

そこで、ザ・ストロークス「イズ・ディス・イット」である。まずジャケットからしてひじょうにカッコよく、何となく良い予感しかしていなかった。この頃、もうすでにCDショップにはほとんど行かなくなっていて、AmazonでCDを買うようになっていたので、「イズ・ディス・イット」もそうしたはずである。早朝に仕事から帰ると届いていて、ステレオのCDプレイヤーのトレーに入れたのだが、再生してスピーカーから最初の音が流れ、数十秒後にはこれは間違いなく好きな音楽に違いないことが分かりきっていた。

当時、流行していたポップ・ミュージックに欠けていて、それゆえに個人的にノレなくなりかけていた、その不足分のほぼすべて、さらにはプラスアルファをもこの「イズ・ディス・イット」というアルバムは持ち合わせていて、かなりの興奮を覚えたものである。簡単にいうと、クールでセクシーということに尽きるのだが、あるいはモテそうな音楽と言い換えることもできるだろうか。

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドやテレヴィジョンなどからの影響が指摘されていて、似ているところもあるといわれれば確かにそうなのだが、2001年当時にこういった音楽をあえてやることの批評性であったり、そういったところがたまらなく良かった。同時期にアメリカからザ・ホワイト・ストライプス、ヤー・ヤー・ヤーズなどもブレイクし、ロックンロール・リバイバル的なものが盛り上がっていった。イギリスのザ・リバティーンズやオーストラリアのザ・ヴァインズなどもその流れにあると見なされ、新しいロックを聴くことが久しぶりに楽しくなった。

この「イズ・ディス・イット」というアルバムはとにかく楽曲もボーカルも演奏もアートワークもすべてが最高で、ほぼ完璧ではあるわけだが、これが一過性のトレンドにの中心となったばかりではなく、モダン・クラシックとしての耐久性をもすでに備えていたことが明らかになっていった。

アルバムが大成功した場合、レーベルはその続編を望んでいたが、同じことを繰り返すことには興味がなかったので、新しい路線にチャレンジした、というようなことをアーティストが言っている場合があり、それは姿勢として正しいとされがちである。しかし、「イズ・ディス・イット」ぐらい完璧なアルバムならば、別に続編でも良いのではないかと思ってしまう。

「イズ・ディス・イット」の次のアルバムは当初、レディオヘッドの作品などでお馴染みのナイジェル・ゴッドリッチをプロデューサーに迎えて制作されようとしていたのだが、途中でメンバーと意見が合わないことが発覚し、結局、「イズ・ディス・イット」と同じくゴードン・ラファエルがプロデュースすることになった。それで、「イズ・ディス・イット」と同様にとてもカッコいいアルバムに仕上がったのかもしれない。

しかし、「ルーム・オン・ファイア」が本当に「イズ・ディス・イット」の続編的なアルバムかというと、けしてそうともいえないところもあり、たとえば「ルーム・オン・ファイア」が発売された年の年末に行われた「M-1グランプリ2003」において、笑い飯の奈良歴史民俗博物館のネタを見た松本人志は「いやーなんかねぇ、去年よりセンスそのままで技術がアップしてるんですよね」とコメントするのだが、「ルーム・オン・ファイア」にもそれはいえるような気がする。

「イズ・ディス・イット」は特有の軽さのようなところもとても良かったのだが、「ルーム・オン・ファイア」はサウンド面においては、より重くなったようなところもあり、だからといってくクールでセクシーという根幹の部分が損なわれたわけでもなければ、モテなさそうになったわけでもない。さらには特に先行シングルの「12:50」などでは、80年代ニュー・ウェイヴ・リバイバル的な要素も加わっている。しかも、たとえばカーズのシンセサイザーにあたるようなフレーズをギターでやったりしているところなどがとても良い。それで、ザ・ストロークスがきっかけで巻き起こったといっても過言ではないロックンロール・リバイバル的なトレンドもまた、次第にニュー・ウェイヴ化していき、フランツ・フェルディナンド、ザ・フューチャーヘッズ、ブロック・パーティーといったニュー・ウェイヴ的なバンドがブレイクしていく。

そういった意味も含めて、時には「イズ・ディス・イット」ばかりではなく「ルーム・オン・ファイア」も聴いてみると、こんなにも良いアルバムだったのかと改めて実感させられる。

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