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山下達郎「FOR YOU」について

山下達郎の6作目のオリジナルアルバム「FOR YOU」が発売されたのは1982年1月21日で、松田聖子「赤いスイートピー」やサザンオールスターズ「チャコの海岸物語」とまったく同じである。あの「夏だ!海だ!タツローだ!」というキャッチフレーズを象徴するようなアルバムが、実は冬にリリースされていた。

このアルバムからは先行シングルがリリースされていなかったものの、オリコン週間アルバムランキングで1位に輝き、それから40年後の現在では大滝詠一「A LONG VACATION」などと並んでジャパニーズ・シティ・ポップを代表する名盤として知られている。

山下達郎の存在が熱心な音楽ファンだけではなく、一般大衆レベルにまで認知されるには、やはり1980年の「RIDE ON TIME」のヒットがひじょうに大きいと思われる。70年代から80年代へと、まずは年代が変わったわけだが、沢田研二が派手な衣装で落下傘を背負って、東京のことをスーパーシティ「TOKIO」と歌っていた。

同じく東京のことを「TOKIO」といっていたのはイエロー・マジック・オーケストラ「テクノポリス」だが、発売されたのは1979年の秋で、それからじわじわと人気を高めていって、1980年にはオリコン週間シングルランキングで最高9位まで上がった。この曲を収録したアルバム「ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー」はこの年のオリコンアルバムランキングで、実に年間1位である。

シンセサイザーを用いた得体の知れない音楽が、全国的にカジュアルに受けた。いわゆるテクノブームというやつである。

田原俊彦「哀愁でいと」、松田聖子「青い珊瑚礁」のヒットも痛快であり、70年代後半のシリアスで重苦しい方がエラいとされていたようなニューミュージック的な価値観から、一気にライトでポップになったような感じで、個人的にはひじょうに好ましく感じていた。

山下達郎の「RIDE ON TIME」は本人も出演したカセットテープのCMソングに使われていて、お茶の間にガンガン流れていた。TBSテレビ系の「ザ・ベストテン」にはランクインしなかったものの、オリコン週間シングルランキングで最高3位だったというのだから、おそらくかなり売れていたはずである。

この曲も収録したアルバム「RIDE ON TIME」もオリコン週間アルバムランキングで山下達郎にとって初のオリコン週間アルバムランキング1位を記録して、次作の制作にあたっては予算が結構出たのだという。

それで、それまでの作品と比べてもかなり満足がいくかたちでレコーディングできたのが、この「FOR YOU」というアルバムだったとはいわれている。

そして、ここからはきわめて個人的な話にもなってはいくのだが、このアルバムがリリースされた当時、私は旭川で中学3年生、ということは高校入試のわりと直前という感じであり、合格の可能性も半々ぐらいではないかといわれていたので、かなりナーヴァスな状態ではあった。

神とはその人の苦痛を測る概念である、というようなことをジョン・レノンが歌っていたような気がするが、私の場合は松本伊代のレコードを買って、リピートで何度も繰り返し聴くことによってその不安を紛らわすというようなことをやっていた。松本伊代の2枚目のシングル「ラブ・ミー・テンダー」がリリースされたのは1982年2月5日で、山下達郎「FOR YOU」の2週間後なのだが、これについてはまた機会を改めて言及していくとして、要は「FOR YOU」を買って聴くほどの心の余裕はなかったということである。

それで、高校入試にはなんとか合格するのだが、自分へのご褒美的な感じで札幌に遊びにいくわけである。母方の親戚が札幌には住んでいて、叔父はビーチ・ボーイズのファンだったりもするのでひじょうに楽しい話ができる。それ以前に一番の目的は、小学校の頃からの友人の兄が札幌の大学に進学していて、その情報によるとタワーレコードとかいうなんだかどえらいレコード店があるというので、なんとかそこに行ってみるということであった。

それで、初めて行ったタワーレコードはひじょうにカッコよくて完全に圧倒されたわけだが、そこでダリル・ホール&ジョン・オーツ「プライベート・アイズ」、カーズ「シェイク・イット・アップ」、リック・スプリングフィールド「アメリカン・ガール」、ジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツ「アイ・ラヴ・ロックンロール」などを買い、そういえば佐野元春・杉真理・大滝詠一の「ナイアガラ・トライアングルVOL.2」が出ている頃ではないかと思い、玉光堂にも寄って買ったのであった。

なぜに「ナイアガラ・トライアングルVOL.2」をタワーレコードではなく、わざわざ玉光堂にまで行って買ったのかというと、当時のタワーレコードは現在とは違い輸入盤専門店であり、邦楽のレコードはもちろん洋楽の国内盤すら販売していなかったからである。札幌のすすきのに近い五番街ビルの中に入っていて、ここが日本で最初のタワーレコードで、1980年にオープンしている。元々は勝手にタワーレコードを名乗って営業していた店を、アメリカの本家タワーレコードが買い取ったのだという。日本での2号店は翌年に渋谷にオープンしたのだが、現在の場所ではなく宇田川町の方にあった(現在はファミリーレストランのサイゼリヤ渋谷東急ハンズ前店になっている)。

それでもまだお年玉や入学祝いなどが残っていたので、旭川のどこかのレコード店で山下達郎の「FOR YOU」を買ったのだと思う。平和通買物公園のミュージックショップ国原かファッションプラザオクノ地下の玉光堂か西武百貨店のディスクポートでだっだと思うのだが、これはまったく覚えていない。

どうして山下達郎の「FOR YOU」を買ったかというと、なんとなく流行っていてモテそうだったからだと思う。他に特に理由はない。「RIDE ON TIME」はわりと気に入っていたのだが、レコードを買うほどのめり込んだわけでもなく、「FOR YOU」が初めて買った山下達郎のレコードになった。

ジャケットはイラストレーターの鈴木英人によるものであり、この前の年に創刊した「FM STATION」の表紙やカセットレーベルでもお馴染みであった。おそらくアメリカの風景をデフォルメしているのだろうが、これがとてもカッコよく感じられた。角川文庫から出ていた片岡義男の文庫本の表紙にも似たようなベクトルを感じていたが、当時の日本ではアメリカに対する憧れがひじょうに強かったのである。

とにかく山下達郎の「FOR YOU」というアルバムはセンスが良く高感度な音楽ファンを唸らせるようなクオリティーを備えているのと同時に、松本伊代やホール&オーツのレコードを買っているような地方のミーハーな中学生にも気軽に手を出させ、満足させるようなタイプのレコードだったということである。

「FOR YOU」の1曲目に収録された「SPARKLE」は「レコード・コレクターズ」2018年4月号で80年代シティ・ポップの名曲を識者による投票によって選んだ時に1位になっていたので、なるほどそういう扱いなのかと認識した次第である。このアルバムの代表曲といえばアナログレコードではB面の1曲目に収録されていた「LOVELAND, ISLAND」だとばかり思っていたので、この結果には多少は驚きながらもそういえばそうかとも思った。

イントロがひじょうに印象的なのだが、この部分はサントリービールのCMに使われていて、お茶の間の人々も耳にしていたはずである。画面には山下達郎の曲である旨のテロップは出ていたが、あくまでインスト部分しか流れず、あの特徴的なボーカルは聴こえないので、山下達郎の曲だとは知らずに聴いていた人たちも少なくはないのではないかと推測する。

テレビCMの内容としては男がブラインドを開けるとそこは浜辺で、ビキニの水着を着た女性が歩いてくる。そして、波乗りをする人の姿が映されるのだが、それから瓶ビールの栓が抜かれる。男はグラスに注がれたビールを飲んで、白人女性が水着のトップを外した状態で砂浜にうつ伏せになりながら、こっちを見ている。そして、「体が乾きはじめました。新登場、サントリー生ビール」とナレーションが流れる。

1982年ごろの日本国民の少なくとも一部にとっては、このような世界観が理想とされていて、そのBGMとして「SPARKLE」はとても相応しかったということである。

「FOR YOU」は山下達郎のライブでのバンドサウンドがわりとそのままに近いかたちで生かされたアルバムだともいわれているが、当時はなんだか都会的でカッコいい音楽という程度の認識で聴いていたものの、確かに演奏にスキがないというか、完璧なのではないかとすら感じさせる。ギターやベース、ドラムスに加え、80年代ポップスにとってひじょうに重要な楽器だったともいえるサックスも最高で、こんな素晴らしいものを当たり前のようにリアルタイムの流行音楽としてカジュアルに消費していたのか、と得した気分になってくるのだ。

ちなみにもちろん当時はまったく知らなかったのだが、この「SPARKLE」という曲には元ネタがあって、アメリカのナイトフライトというデュオによる1979年のヒット曲「イフ・ユー・ウォント・イット」がそれである。全米シングル・チャートでは当時、最高37位を記録している。

山下達郎は当時、ラジオ番組用に洋楽のカバーをやっていたようなのだが、この曲も吉田美奈子のボーカルをフィーチャーして取り上げていたようである。

山下達郎は1980年にライブに使う予備用としてフェンダー・テレキャスターというギターを購入するのだが、これが大当たりですっかり気に入ってしまい、その音色を生かすことができる楽曲としてつくられたのが、この「SPARKLE」だったのだという。

A面の2曲目は「MUSIC BOOK」で、これがまた爽やかでとても良い曲である。当時の若者文化においては、白い壁の必要以上に片付いた部屋がシティ感覚でおしゃれだとされていた印象があるが、そのような状況においてオーディオ各社から発売されていたシステムコンポで聴くのに相応しい、そんな曲でもあるように思えた。

個人的には中学生までは父が買って家にあったステレオでレコードを聴いていたのだが、高校の入学祝いにパイオニアのプライベートというシステムコンポを買ってもらい、それがはじめての自分専用のステレオであった。増田敏郎というアーティストがCMソングを歌っていて、表紙の剥がれたディクショナリーとか、かかとの潰れたスニーカーというようなフレーズが歌詞に入っていた。「ボディサイドのステレオなんだって?」というようなナレーションが入っているのだが、意味はよく分からない。

このアルバムにはウォークマンやカーステレオで街や海に持ち出すアウトドアのイメージも強いのだが、ルームリスニングにもひじょうに適していて、ジャケットアートワークも含め、インテリア的にも楽しむことができたような気がする。

とはいえ、個人的に「夏だ!海だ!タツローだ!」的な体験がなかったわけではなく、1982年の夏休みがはじまってからわりとすぐにクラスメイトたちと行った留萌の黄金岬のキャンプには山下達郎のカセットも持っていって好評であった。「FOR YOU」ではなく7月21日に発売されたばかりの「GREATEST HITS!」の方である。それで、「WINDY LADY」や「BOMBER」には海で聴いていた印象が強いのだが、「MUSIC BOOK」や「MORNING GLORY」、「SPARKLE」すら自室でしか聴いていなかった。

「FOR YOU」のレコードを同級生のうちの1人に貸していて、終業式の日まで返ってこなかったという事実も影響している。彼は高校に入学してからすぐにナイアガラ・トライアングルの話題などで一緒に盛り上がってはいたのだが、3年の時に佐野元春が「VISITORS」をリリースした後には音楽性が変わりすぎてついていけないと漏らしていた。

それはそうとして、アカペラによるジングル的な音楽が「INTERLUDE」として曲と曲との間に何度か収録されているのも、このアルバムの特徴であった。

そして、「MORNING GLORY」は雨上がりの朝をテーマにした、これもまたとても爽やかな曲である。山下達郎が作曲・編曲だけではなく作詞も手がけたこの曲は、元々は竹内まりやのアルバム「Miss M」に提供したものである。竹内まりやバージョンのアレンジがいま一つ気に入っていなかったことが、セルフカバーするきっかけになったのだという。

竹内まりやのバージョンは当時、エアプレイとして活動していたデイヴィッド・フォスターとジェイ・グレイドンが参加してロサンゼルスでレコーディングされたものに、安部恭弘のアレンジによるコーラスが加えられたという、いかにもAOR的な楽曲に仕上がっていた。ちなみにこの「Miss M」というアルバムのジャケットアートワークは、作家の橋本治によって編まれたセーターとなっている。

竹内まりやがシングル「戻っておいで・私の時間」とアルバム「BEGINNING」でデビューした1978年は、ニューミュージック全盛の時代であった。それだけに歌謡ポップスの新人アイドルはなかなかブレイクできなかったのだが、一方でニューミュージックの若手女性アーティストがアイドル視されるという現象もあった。

音楽的にももちろん評価されてはいたのだが、竹内まりやもまたそういったアイドル的な仕事を引き受けざるをえないこともあり、それに不満を募らせていたという。そんな時にシュガー・ベイブ時代からライブを見に行っていたという山下達郎と仕事で関わるようになり、親身になって相談に乗ってもらうことなどから交際につながり、1981年には休業、「FOR YOU」がリリースされた約3ヶ月後にあたる1982年4月には結婚をすることになった。

A面のラストに収録された「FUTARI」は、一転して深い夜のイメージが濃厚なラヴバラードである。この曲が描いている大人の愛の世界を当時の中学生としては理解できるはずもなかったのだが、部屋を暗くしてヘッドフォンで聴きながらうっとりしていたことが思い出される。この曲はピアノがまた特に良いのだが、弾いているのはこの年にこれもまたジャパニーズ・シティ・ポップの名盤である「awakening」をリリースした佐藤博である。

レコードをひっくり返してB面に針を落とすと、1曲目は「LOVELAND, ISLAND」である。「FOR YOU」からは先行シングルがリリースされなかったのだが、実質的にはこの曲がそのような役割を果たしていたような気もする。「SPARKLE」と同様にサントリービールのテレビCMに使われていた、というかそのために書き下ろされたようだ。

CMの映像を見なおしてみると、路上で踊る女性の動きに曲のリズムがとても合っている。というのも、実はこの映像の方が先にあり、山下達郎はその動きに合わせてこの曲をつくったのだという。コピーは「ビールは、透明な音楽だ。」で、レコードでは「I love you」と歌われているところが、CMでは「サントリービール」という歌詞になっている。

この曲はこの年の夏にリリースされたベストアルバム「GREATEST HITS!」にも収録されたが、20年後の2002年にはテレビドラマ「ロング・ラブレター~漂流教室~」の主題歌としてシングルがリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高26位を記録した。

「目くるめく夏の午後」というフレーズがよく分からないのだが、とてつもない良さを感じさせ、「夏だ!海だ!タツローだ!」というような気分を盛り上げるのに大きな役割を果たしたように思える。

「LOVE TALKIN’ (Honey It’s You)」はちょっと変わったタイプのリズムの曲で、当時のブラック・コンテンポラリーにも通じるノリが感じられた。とてもカッコいい音楽であるにもかかわらず、歌詞が好きな人に今日こそは思いを伝えたいというような内容であるところにも好感が持てた。

そして、山下達郎の楽曲の中でも異色といえるのが、「HEY REPORTER!」である。当時、竹内まりやとの交際報道で芸能マスコミに追いかけまわされたことによって生まれたと思われる悪意と憎悪が音像化されたような曲である。この曲が入っていない方がもっとまとまったアルバムになっていたのではないか、というような気がしなくもないのが、この曲があることによってよりユニークでバラエティーにとんだアルバムになったともいえる。デヴィッド・ボウイがソウル・ミュージックにかなり接近した「フェイム」あたりの感覚に近いものを感じなくもない。

「INTERLUDE」をはさんでアルバムのラストに収録されたのは、アラン・オデイによる英語詞のバラード「YOUR EYES」である。「HEY REPORTER!」とはかなり異なったタイプの曲なのだが、「INTERLUDE」があることによってか、まったく不自然さは感じられない。とても真っ直ぐなラヴソングであり、ベストアルバム「GREATEST HITS!」や1984年のサウンドトラックアルバム「BIG WAVE」にも収録された。菅原文太が出演したニッスイのCMにも使われていたということだが、これについては記憶がまったくない。

このアルバムをまったく聴かなくなっていた時期が実はあるのだが、2002年に再発された時にCDで買い直し、やはり良いなと感じた後、はじめてのiPodを買ってからは定期的に聴くようになり、もはや懐かしいアルバムという気がまったくしなくなってしまった。そのうちジャパニーズ・シティ・ポップのブームのようなものが訪れて、そのジャンルの名盤というような扱いにいまではなっているのだが、このアルバムに個人的にも血が通った人生のサウンドトラック的な意味での思い入れを持ててもいることに良さを感じたりもするのであった。

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