ザ・スミスの名曲ベスト30 Pt.1 (30-21)
ザ・スミスは1982年にイギリスのマンチェスターで結成され、翌年にシングル「ハンド・イン・グローヴ」でデビュー、オリジナルアルバムは「ザ・スミス」「ミート・イズ・マーダー」「クイーン・イズ・デッド」「ストレンジウェイズ、ヒア・ウィ・カム」の4作で、他に同等か場合によってはそれ以上に重要なコンピレーションアルバム「ハットフル・オブ・ホロウ」がある。1987年には解散しているので、存続していた期間はそれほど長くはない。
ポップ・ミュージック史においてはひじょうにユニークで重要なポジションを確保しているのではないかと思えるのと同時に、多くの熱心なファンにとっては単なる1組のバンドにとどまらず、その価値観に深刻な影響をあたえた可能性も考えられる。
かつて、古今東西のすべてのアーティストの中で最も好きなのはザ・スミスだと言い切れた頃が確かにあった経験から、それではザ・スミスというのは一体何だったのだろうということについても、名曲ベスト30をやっているうちになんとなく浮き彫りになると良いのではないかと、そのような淡い期待もないことはない。
30. This Night Has Opened My Eye (1984)
ザ・スミスにとって初のコンピレーションアルバム「ハットフル・オブ・ホロウ」は1984年11月12日、デビューアルバム「ザ・スミス」と「ミート・イズ・マーダー」との間にリリースされた。
直近のシングル曲にBBCでのスタジオライブ音源を加えた内容だったが、全英アルバム・チャートで最高7位のヒットを記録したのみならず、バンドの初期の演奏を記録した貴重な作品として人気が高い。
スタジオライブで収録された曲の多くは「ザ・スミス」収録曲としてスタジオ録音されたバージョンがリリースされているが、この曲については「ハットフル・オブ・ホロウ」でしか聴くことができない。
モリッシーが大好きだったというマンチェスターを舞台とした演劇「蜜の味」にインスパイアされ、セリフが引用されてもいるこの曲は、若い女性の望まない妊娠を題材としたひじょうに印象的な楽曲となっている。
29. Shakespeare’s Sister (1985)
ザ・スミスの音楽の特徴の1つとして、モリッシーによる歌詞の文学性が挙げられる。歌詞にも様々な作家や詩人の名前が入っていることがあるが、この曲は中でも最も有名なウィリアム・シェイクスピアの名前がタイトルに入っている。とはいえ、元になったのはヴァージニア・ウルフによって書かれたフェミニズムについての随筆からの一節である。
2作目のアルバム「ミート・イズ・マーダー」の翌月にシングルとしてリリースされたこの曲は、全英シングル・チャートで最高26位を記録した。ザ・スミスのシングルとしてはそれほど人気が高い方ではないが、それでもロカビリー的な楽曲に乗せて歌われる若者のロマンティシズムに溢れ、なぜか悲劇的な結末を予感させる感じはこのバンドならではといえる。
90年代に「ステイ」などをヒットさせたポップデュオ、シェイクスピアズ・シスターの名前はこの曲に由来している。
28. Asleep (1985)
シングル「心に茨を持つ少年(原題:The Boy With The Thorn In His Side)」のB面に収録されていた曲である。伴奏はピアノのみであり、ギター、ベース、ドラムスは入っていない。
タイトルには「寝落ち」ぐらいのニュアンスがあると思われるが、意識はここではないどこか、現世ではないところに向いているようである。現実に対しての深い失望がベースにはあるが、そこから逃れることについての夢想が美しさのレベルに達している。
12インチシングルとCDシングルでは「ラバー・リング」とのメドレーのような感じにもなっていたが、コンピレーションアルバムでは別々に収録されている。ライブでは1985年にスコットランドでのツアー最終日に一度だけ演奏された。
27. Handsome Devil (1984)
「ハットフル・オブ・ホロウ」に収録されたこの曲の音源は、1983年5月18日にラジオのジョン・ピール・セッションのために録音されたものとされている。オリジナルアルバムには収録されていない。
まだ一般的な知名度も低く、このバンドが一体何者であるかについても、それほどカッチリとしたイメージは形成されていなかったと思われる。その後、特にデビューアルバム「ザ・スミス」で知れわたったそれと比べると、やや荒々しく勢いがより感じられもする。
モリッシーの歌詞はいかにも危ういものであり、ボーカルパフォーマンスもすでにユニークではあるのだが、バンド全体のギャングメンタリティー的なところがヴィヴィッドに反映しているような録音である。
26. London (1987)
シングル「ショップリフターズ」のB面としてリリースされ、後にいくつかのコンピレーションアルバムにも収録された。
ザ・スミスの属性としてマンチェスター出身のバンドであるということがなかなか重要視されたりもするのだが、それゆえに首都であるロンドンとの関係性が曲のテーマになっている場合もある。
ロカビリー調で激しめなこの曲においても、若者は故郷を出てロンドンに向かうのだが、その勢い余って性急な感じ、でありながらその選択は果たして正解なのだろうか、というような疑問などやはり一筋縄ではいかないところがまたとても良い。
25. Half A Person (1987)
「ロンドン」と同様にこの曲もまた、シングル「ショップリフターズ」のB面としてリリースされた。曲調こそまったく違い、この曲にはどこかノスタルジックで回想的なムードが漂っているが、共通点としてはロンドンについて歌われているところである。
この曲の歌詞ではロンドンを訪れる16歳のぎこちなくシャイな若者が登場するのだが、モリッシーはこれには自身の自伝的なところもあり、もしも貧しかったらもっと好きになれるのにというようなことをいった女性は実在するらしい。
24. You Just Haven’t Earned Yet, Baby (1987)
ザ・スミスにはシングルでリリースしたもののオリジナルアルバムには収録していない曲が結構あり、初期においてはその一部が「ハットフル・オブ・ホロウ」に収録されていた。そして、それ以降のそういったタイプの楽曲をあつめたアルバムが1987年2月23日にリリースされた「ザ・ワールド・ウォント・リッスン」であり、全英アルバム・チャートでは最高2位を記録している。
邦題は「ユー・ジャスト・ハヴント・アーンド」となっているこの曲はシングルA面としてリリースされる案もあったようなのだが、「ザ・ワールド・ウォント・リッスン」に初収録された。
夢や理想に到達することができていないとして、それはまだお前がそれに値していないからであり、それにはもっと苦しんだり泣いたりする必要がある、というようなことが歌われている。
文字通りに叱咤激励する曲として聴くこともできれば、大人は判ってくれない的な文脈で味わうことも可能である。
23. Reel Around The Fountain (1984)
1984年にリリースされたザ・スミスのデビューアルバム「ザ・スミス」の1曲目に収録されている曲だが、その前の年にはジョン・ピール・セッションでも演奏されていて、そちらのバージョンは「ハットフル・オブ・ホロウ」に収録されている。
どちらかというとジョン・ピール・セッションのバージョンの方が人気が高い印象もあるのだが、サウンドプロダクションにより凝ってピアノなども入れ、よりちゃんとしようとした感が見られるアルバムバージョンも個人的には捨てがたい。いずれにせよ、シンセポップなどがまだ全盛の時代にデビューアルバムの1曲目がこれというのはあまりに渋くて不敵である上に、ひじょうにユニークである。
歌詞の内容はひじょうにあやふやではあるが、状況はしっかりと浮びやすかったり、愛欲のようなものが間違いなくそこに存在していることは間違いがない上に、ユーモアのセンスもあるが良識派を怒らせもするというなかなかのものである。
22. Shoplifters Of The World Unite (1987)
1987年1月26日にシングルとしてリリースされ、全英シングル・チャートで最高12位を記録した曲である。オリジナルアルバムには収録されていない。
タイトルの「Shoplifters」とは万引きをする者たちのことであり、それらに団結を促しているわけだが、もちろん現実的な万引きではなく、文化的、精神的なそれである。そして、スローガンそのものはかつて労働者についていわれていたものである。
音楽的にはT・レックス「チルドレン・オブ・ザ・レボリューション」からの影響が指摘され、ロック的なカタルシスも感じられるものとなっている。
21. Stop Me If You’ve Heard This One Before (1987)
ザ・スミスの4作目にして最後のオリジナルアルバム「ストレンジウェイズ、ヒア・ウィ・カム」に収録されている曲で、様々な国でシングルカットされているが、イギリスでは「大量殺人を計画する」という歌詞がこの年に発生したハンガーフォード銃乱射事件を連想させるとして「アイ・スターティッド・サムシング」がシングルカットされた。
ミュージックビデオにはモリッシーのワナビー的な人たちが大勢で自転車をこぐ様などがフィーチャーされているのだが、当時のポップでありながらカルト的でもある人気が分かりやすく表現されているようにも思える。
初期の「ハンド・イン・グローヴ」「ホワット・ディファレンス・ダズ・イット・メイク?」などと同様に、特別な人間関係とそれにまつわるマイルドな失望、イノセンスの喪失のようなものが自嘲的なユーモアをまじえてポップソング化されているようでもある。