people dancing inside dim room

モロコ「シング・イット・バック」について。

1999年9月4日の全英シングル・チャートを見てみると、1位にはルー・ベガの「マンボNo.5」が初登場で1位に輝いている。この曲のオリジナルはペレス・ブラードが1949年にリリースしたもので、日本人にとってもマンボというジャンル名を聞いて、最も想像しやすい楽曲なのではないかと思う。それにしても、この週の全英シングル・チャートではラテンテイストの楽曲がひじょうに強く、2位に初登場したのはシャフト「ムーチョ・DE・マンボ」、3位には元スパイス・ガールズのジェリ・ハリウェルによる「愛しのラテン・ボーイ」がランクインしている(この前週までは1位だった)。ラテンの貴公子ことリッキー・マーティンの「リヴィン・ラ・ヴィダ・ロカ」も、まだ10位に入っている。この曲は日本でも郷ひろみが「GOLDFINGER’99」のタイトルでカバー、渋谷のスクランブル交差点で行ったゲリラライブが騒動になったりもした。モーニング娘。には後藤真希が加入した頃である。

この週の4位に初登場したのが、モロコの「シング・イット・バック」であった。最初にこの曲が全英シングル・チャートにランクインしたのは同じ年の3月で、この時の最高位は45位だったので、大きく更新することになった。モロコは音楽プロデューサーのマーク・ブライドンがパーティーで出会ったボーカリスト、ローシン・マーフィーによる2人組ユニットである。デビュー・アルバムのタイトル「ドゥ・ユー・ライク・マイ・タイト・セーター?」は、出会った頃にローシン・マーフィーがマーク・ブライドンに対して実際に言った言葉がベースになっているという。

バンド名はロシア語でミルクを指し、映画「時計じかけのオレンジ」で主人公のグループが飲んでいる白い飲料の名前にインスパイアされているのではないかと思われる。ローシン・マーフィーがこの曲の重要な箇所を思いついたのは、ニューヨークで「ボディ・アンド・ソウル」というDJパーティーに通っていた頃だという。このパーティーは日曜日に開催され、ボーカルが入った曲がよくかかっていたのだが、客の多くはそれらを歌うことができたのだという。DJにカリスマ性があり、どこか宗教的な雰囲気もあったというのだが、それでDJは盛り上がりそうなところで音を出すのをやめて、そこを客が合唱するという場面もよくあったらしい。それで、「シング・イット・バック」ということなのだという。

ハウス・ミュージックにインスパイアされた曲のはずだったのだが、アルバム「アイ・アム・ノット・ア・ドクター」に収録されるにあたり、全体のバランスを取るためなのか、より実験性の高いサウンドで収録された。この曲のポテンシャルを信じていたローシン・マーフィーにはそれが不満であり、レーベルにリミックスを要求していた。レーベルはエヴリシング・バット・ザ・ガールの「ミッシング」をリミックスし、ヒットさせてもいたトッド・テリーにオファーするのだが、ローシン・マーフィーはドイツの音楽プロデューサー、ボリス・ドゥルゴッシュがリミックスしたバージョンを聴いた時に、これこそが理想的でありおそらくヒットするのではないかと思ったのだという。そこで、レーベルにもこのバージョンをリリースすることを提言するのだが、すでにトッド・テリーのバージョンをリリースすることが決まっているので、と却下されたようだ。それでも必死で訴えかけたのだが、聞き入れてはもらえなかったとのこと。しかし、ラジオでこのボリス・ドゥルゴッシュのバージョンがかかるとたちまち話題となり、レーベルとしてもこちらをリリースせざるを得なくなったようだ。そして、全英シングル・チャートで初登場4位のヒットを記録したというわけである。

元々はニューヨークで通っていたDJパーティー「ボディ・アンド・ソウル」の雰囲気に触発され、信仰的ともいえるような情熱をテーマにしたような歌詞になっているが、これは個人的な恋愛に置き換えることも可能である。スターダスト「ミュージック・サウンズ・ベター・ウィズ・ユー」、スピラー「グルーヴジェット(イフ・ディス・エイント・ラヴ)」などと同様、90年代後半に一般的にもヒットしたダンス・トラックだが、いずれも夏の終わりあたりにヒットしているのが特徴である。そして、たとえばApple Musicの「イビザ ベスト」なるプレイリストに選曲されていたりもする。CD時代には100タイトル以上のコンピレーション・アルバムに収録されたのではないかといわれているようだ。

ミュージックビデオは、たまたま家にVHSのビデオテープがあったマイケル・ジャクソン「ロック・ウィズ・ユー」のクリップを参考にしたという。1979年にリリースされたアルバム「オフ・ザ・ウォール」からのシングル・カットで、この頃は後の「スリラー」のようにまだ映像にそれほど力を入れていない。それで、わりとシンプルなつくりになっている。「シング・イット・バック」のビデオ制作にあたっては、予算がそれほど使えないからということでこれを参考にしたようなのだが、結果的に程よいレトロ感のようなものも出ていて、とても良い映像になっているように思える。

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