佐野元春「Young Bloods」について

佐野元春の15枚目のシングル「Young Bloods」は1985年2月1日に発売されたのだが、ラジオで初めて流れたのはそれよりも少し前だったのではないかと思う。とはいえ、その日付についてははっきり覚えていないのだが、なんとなく新年を感じさせはする。

その原因の1つとして、歌い出しの歌詞が「静かな冬のブルースに眠る この街のニューイヤーズ・デイ」といきなり「ニューイヤーズ・デイ」こと「元旦」が入っていることが挙げられる。とにかく冬のとても寒い部屋で初めて聴いた記憶があるのだが、旭川の実家だったので特に寒かったのではないかということが考えられる。しかも2階で、暖房は小さな電気ストーブしかなかった。

佐野元春のこういう曲は久しぶりだと感じたのと、ザ・スタイル・カウンシルの「シャウト・トゥ・ザ・トップ」になんとなく似ているな、ということは思った。しかし、佐野元春らしい楽曲ではあり、レコードが出たらすぐに買うことは決まっていた。

この前の年に佐野元春は「VISITORS」というアルバムをリリースしたのだが、これがオリコン週間アルバムランキングで1位にはなったものの、ファンの間でも賛否両論が生じる問題作であった。というのも、シティポップ的なそれまでの音楽性とはかなり変化していて、当時、日本ではまだ広く知られてはいなかったラップミュージックに影響を受けたものだったからである。

海外のポップミュージックも含め、いろいろ聴いているリスナーにはひじょうに刺激的であり、日本のアーティストでこういうことをやっているのはかなりカッコいいのではないかと思えたのだが、佐野元春の音楽をシティポップやニューミュージックの延長的に楽しんでいたファンにとっては抵抗があったとしても無理はない。まずはよく分からない音楽ではあるし、曲にメロディーの起伏がない。そのような音楽をどうやって受け止めるべきなのか、よく分かっていない人たちも少なくはなかっただろう。

佐野元春の音楽性がどうしてこのように急激に変化したかというと、ベストアルバム「No Damage」がオリコン週間アルバムランキングで初の1位に輝いたという絶好のタイミングで単身渡米して、現地のミュージシャンたちと音楽をつくっていたからである。単なる海外レコーディングとはわけが違い、現地に移住して1からつくりあげていったのだという。そう考えると、音楽性が大きく変わったことは目的に適っていたのではないかと思える。

「VISITORS」以降、佐野元春の音楽はどのように変化していくのだろうと期待をいだいていたり、不安に感じていたりしたファンやリスナーに届けられたとりあえずの回答がこの「Young Bloods」という新曲であり、そこにはちゃんとメロディーの起伏があって、「VISITORS」以前の音楽に近くも感じられたので、安心した人たちの方が多かったかもしれない。それでも「VISITORS」以前に比べ、歌詞やサウンドにより研ぎ澄まされたものを感じたりはした。

特に「鋼鉄のような Wisdom 輝き続ける Freedom」という辺りの表現である。

「Young Bloods」は国際青年年のテーマソングになっていて、NHKで繰り返し流されたことも手伝い、オリコン週間シングルランキングで最高7位のヒットを記録した。佐野元春にとっては初のトップ10入りである。オリコン週間アルバムランキングでは「No Damage」「VISITORS」と2作連続で1位に輝いていたが、シングルの方は1984年の「TONIGHT」で記録した23位がそれまでの最高位であった。

この曲でもう1つ印象的なのが、ミュージックビデオである。YouTubeの公式チャンネルではアップロードされていないが、Apple Musicではフルで視聴することができる(有料登録する必要があるが)。

このミュージックビデオは、1985年1月4日に東京の代々木公園で撮影されたといわれているようだ。佐野元春とTHE HEARTLANDがゲリラライブを行い、そこに様々な人たちが集まってきたり遠くから見ていたりという内容になっている。当時の佐野元春とTHE HEARTLANDが演奏する映像が見られる(音声はレコーディングされたものが使われているが)のはもちろん、人々の服装などから時代の空気感のようなものも感じられ、貴重な資料としても楽しむことができる。

たとえばコート姿の女学生の映像を見ただけで、そういえば当時はみんなこういうのを着ていたな、と懐かしく思えたりもした。レトロ趣味の懐古系コンテンツが分かりやすくまとめるにあたって削ぎ落としてしまいがちな何かが、ここには確実にあるように思える。

Apple Music ミュージックビデオへのリンク