RCサクセションの名曲ベスト30(10-1)

10. つ・き・あ・い・た・い (1982)

1982年のアルバム「BEAT POP」の1曲目に収録され、シングルカットもされた曲である。忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・いルージュマジック」、RCサクセション「サマーツアー」がヒットした年だけあって、「BEAT POPS」もオリコン週間アルバムランキングで最高2位を記録した。これはRCサクセションにとって、1988年に「カバーズ」で記録した1位に次ぐ高順位である。

この曲は金や地位ですぐに寝返りがちな人間の本性を痛烈に皮肉ったものだが、サビのところだけ聴くと、「とてもつ・き・あ・い・た・い」とまるでラヴソングのようにも聴こえるという仕掛けになっている。

9. いい事ばかりはありゃしない (1980)

これもまた不遇時代に書かれた楽曲だが、収録曲として初めてレコード化されたのは再ブレイクして勢いに乗っていた頃のアルバム「PLEASE」であった。「金が欲しくて働いて眠るだけ」というブルージーなフレーズが心に沁みる。新宿や吉祥寺という中央線の駅名が歌詞に出てきて、最終電車でたどり着く「この町」は国立である。

8. ドカドカうるさいR&Rバンド (1983)

1983年のアルバム「OK」の最後に収録されたロックナンバーで、ライブでもよく演奏された。「子供だましのモンキービジネス」と自ら歌ってしまっているところが、いかにもRCサクセションらしい。個人的には、札幌の真駒内屋外競技場で見たサザンオールスターズとの対バンライブ「HOKKAIDO SUPER JAM ’83」での印象がひじょうに強い。

7. ヒッピーに捧ぐ (1976)

不朽の名盤「シングル・マン」に収録された曲の中でも、特に人気が高い方だといえる。RCサクセションのために尽力してくれていたスタッフの死に際し、嗚咽にも似た魂のボーカルが感動的である。

6. 多摩蘭坂 (1981)

1981年にリリースされたアルバム「BLUE」に収録されたバラードで、この曲もひじょうに人気が高い。タイトルになっているのは、東京の国立市と国分寺市の境界近くに実在する「たまらん坂」という坂であり、忌野清志郎は実際にこの辺りに住んでいたことがある。「夜に腰かけてた中途半端な夢は 電話のベルで醒まされた」からはじまる文学的な歌詞も高く評価されている。

5. Sweet Soul Music (1980)

ライブに慣れ親しんだ人達にとっては、アルバム「PLEASE」に収録されたバージョンはやや物足りなく感じられるかもしれない、定番曲の1つである。「シートにしみ込んでるお前の匂い 他の女とは区別がつくさ」というフレーズなど、当時、夢中で聴いていた中高生にとっては大人の世界を感じさせられる曲でもあった。後奏では忌野清志郎がリスペクトするオーティス・レディングの「ドック・オブ・ベイ」が引用されている。

4. 君が僕を知ってる (1980)

1980年のシングル「雨あがりの夜空に」のB面やベストアルバム「EPLP」などに収録され、これもまたひじょうに人気が高い曲のうちの1つである。たとえば急に名声を得るようなことがあったとしても、「君が僕を知ってる」ことに比べれば取るに足らないことであり、この大切さは揺るぎないというようなことが歌われている。当時、「君が僕を知ってる」のような関係性についてどう思うか、という議論を何度かしたような記憶がある。この曲で歌われているような関係性というのは、10年後に聴いた日本のとあるポップデュオの歌詞にあった「分かりあえやしないってことだけを分かりあうのさ」とは対立する概念のようでもあるが、いずれも真実であるような気がする。

3. 雨あがりの夜空に (1980)

1980年1月21日にリリースされたこの曲のシングルは、オリコン週間シングルランキングで圏外であった。同じ年の6月5日にリリースされたライブアルバム「ラプソディー」に収録されたバージョンの方が人気が高いような気がする。「どうしたんだ Hey Hey Baby バッテリーはビンビンだぜ」「こんな夜におまえに乗れないなんて」と、車と性行為をダブルミーニング化したような歌詞が刺激的でカッコよく感じられたのだが、忌野清志郎の当時の愛車が実際に故障した体験がベースにはなっているようだ。

当時、よくテレビで放送されていたいろいろなアーティストが出演する野外フェス的なものでこの曲のパフォーマンスを初めて見たのだが、派手な化粧や衣装で歌う忌野清志郎の後ろで、アリスのメンバーなども楽しそうに声を上げていた姿が印象的であった。1983年に開催された「HOKKAIDO SUPER JAM ’83」のアンコールでは、RCサクセションとサザンオールスターズのメンバー達が入り乱れてこの曲を歌うという貴重な場面を目撃したことも思い出される。

2. スローバラード (1976)

1976年にシングルとしてリリースさたが、当時はオリコン週間シングルランキングで圏外であった。80年代にロックバンドとして再ブレイクした後も、バラードの名曲としてひじょうに人気が高く、ライブでもよく演奏されていた。歌詞で描かれたシチュエーションのように、市営グラウドの駐車場に停めた車内で恋人と手をつなぎ、毛布にくるまるということに憧れたり、実際にやってみたりする者も少なくはなかったといわれる。「悪い予感のかけらもないさ」というフレーズがとても素晴らしい。クレジットはされていないが、タワー・オブ・タワーのメンバーがホーンで参加している。活動休止後の1991年にリミックスバージョンがリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高20位を記録している。

1.トランジスタ・ラジオ (1980)

この曲のシングルが発売されたのは1980年10月28日で、翌年の元旦から放送を開始した「ビートたけしのオールナイトニッポン」のいつかの回でかかっているのを聴いたような気がする。授業をさぼって学校の屋上に上り、煙草をふかしながらトランジスタラジオを聴くというシチュエーションが実に印象的であった。「彼女 教科書ひろげてるとき ホットなナンバー 空にとけてった」というイメージ、そして、「こんな気持 うまく言えたことがない」というフレーズがたまらなく良い。

ベイエリアやリバプールから届いた「聞いたことのないヒット曲」について歌われていて、ポップミュージックやラジオを称える内容にもなっている。当時、ラジオでもよく聴いた印象があるのだが、オリコン週間シングルランキングでの最高位は86位と以外にもそれほど高くはなかった。