ニール・ヤング「ハーヴェスト」【名盤レヴュー】

1992年頃の話になるのだが、CDショップの池袋WAVEは明治通り沿いの建物の中にあったのだが、その後、西武百貨店の上の方の階に移転した後でいつの間にかなくなっていたような気がする。それはそうとして、当時は日曜日はといえば新宿や渋谷や池袋のレコード店やCDショップを何時間もかけて回るのが通例になっていたので、この日も後半に差し掛かってから池袋WAVEにたどり着いたのだったと思う。1階には小さなステージのようなものもあり、かつて小川美潮のアコースティックライブを見た記憶もあるが、広く売場が取られていたのは地下の方だったような気がする。アナログレコード売場のスペースが当時としてはわりと広めに取られていて、六本木や渋谷の店よりも充実していたのではないだろうか。

そこでニール・ヤングの「ハーヴェスト」がかかっていたのだが、カントリーロックのようなアコースティックでオーガニックなサウンドではあったが、ボーカルは確かにニール・ヤングであった。中年夫婦とその友人のような人たちが売場にいて、夫と思われる人が「ハーヴェスト」のアナログレコードを手に、妻のような人に「お母ちゃんこれ買っていい?昔よく聴いたよね」「CDもいいけどレコードもいいね」などといっていて、心が和んだ。

洋楽を主体的に聴きはじめた80年代前半、ニール・ヤングはアーティストとしては低迷していて、ヒットチャートの上位にランクインしてくるようなこともなかった。それで、「ミュージック・マガジン」などで名前を見かけたりはするものの、聴いたことがなおアーティストの1人として認識されていた。

それが、1989年の「フリーダム」あたりから人気が復活してきて、次のアルバムである「傷だらけの栄光(原題:Ragged Glory)」ではじめてCDを買った。ラウドでヘヴィーなサウンドが当時、盛り上がってきていたアメリカのオルタナティヴロックのトレンドともマッチしていたり、ソニック・ユースがライブのオープニングアクトを務めたりもして、若い世代のロックファンにとっても現役感のあるアーティストとして認知されるようになった。1991年にリリースされたライブアルバム「ウェルド:ライブ・イン・ザ・フリー・ワールド」は、この年の末に「NME」が発表した年間ベストアルバムで、ニルヴァーナ「ネヴァーマインド」、ティーンエイジ・ファンクラブ「バンドワゴネスク」、プライマル・スクリーム「スクリーマデリカ」に次ぐ4位に選ばれていた。

そして、その翌年に池袋WAVEの店内でニール・ヤングが1972年2月1日にリリースし、その年の全米アルバム・チャートで年間1位に輝いたという「ハーヴェスト」を聴いたのは、ペイヴメントのデビューアルバム「スランティッド・アンド・エンチャンティッド」などを西新宿のラフトレードショップで買ったのと同じ日曜日だったと記憶している。この年、つまり1992年11月2日にニール・ヤングは「ハーヴェスト」の続編ともいえるアルバム「ハーヴェスト・ムーン」をリリースするのだが、CDショップの店員でもあった当時の私はこれに手書きのコメントカードを付けて売ったりもしていた。

1993年に「NME」は歴代ベストアルバムを発表するのだが、「ハーヴェスト」「ニール・ヤング・ウィズ・クレイジー・ホース(原題:Everybody Knows This Is Nowhere)」「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」「今宵この夜(原題:Tonight’s The Night)」とニール・ヤングのアルバムはベスト100に4作も選ばれていた。「ニール・ヤング・ウィズ・クレイジー・ホース」は当時、付き合っていた女子大生と箱根に遊びにいった帰りに新宿ルミネの現在は無印良品が入っている階のタワーレコードで、それ以外は渋谷の宇田川町にあったFRISCOというCDショップで買ったような気がする。

このアルバムからは「孤独の旅路(Heart Of Gold)」が全米シングル・チャートで1位に輝いていたという情報だけは知っていたのだが、どんな曲かはよく知らないまま「ハーヴェスト」を聴いてみたのだが、このイントロには明らかに聴き覚えがあった。小学生の頃に北海道のSTVラジオで平日の夜遅くに放送されていた「河村通夫のせっせ、せっせと」とかいう番組のエンディングテーマに、この曲のインストバージョンのようなものが使われていたような気がするのだが、もしかすると別の番組だったかもしれない。

この曲も含め、全体的にカントリーロック的なサウンドになっているのだが、これはクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングのメンバーがそれぞれ別々の道を歩みはじめている状況で、ニール・ヤングはナッシュヴィルで地元のスタジオミュージシャンとレコーディングをしたこと、また、当時、ニール・ヤングは背中にケガを負っていて、そのためエレキギターを持って演奏することが困難だったため、アコースティックギターを使うことになったのだともいう。

ナッシュヴィルではジョニー・キャッシュのテレビ番組にも出演し、その頃にレコーディングされた「孤独の旅路」「オールド・マン」にはジェームス・テイラー、リンダ・ロンシュタットがバッキングボーカルで参加している。「オールド・マン」はニール・ヤングが購入し、住んでいたブロークン・アロー・ランチという土地の管理人について歌った曲である。しかし、これはニール・ヤングが自身の父について歌っているのではないかという噂も流れていて、父本人もそうだと思っていたのだが、ニール・ヤング自身によってしっかり説明されたようである。

ポップミュージック史においては、70年代前半には内省的なシンガー・ソングライターもののレコードがよく売れたとされていて、「ハーヴェスト」もそのうちの1つだと認識されているようなところがある。ちなみにこの年の全米アルバム・チャートで「ハーヴェスト」に次いで年間2位になっているのが、この前年にリリースされたキャロル・キング「つづれおり」である。

ニール・ヤング自身、リリース当時は「ハーヴェスト」を気に入っていたものの、あまりにも売れたことによりカントリーロックやMOR(Middle Of the Roadの略で、聴き心地が良く親しみやすいポップミュージックを指す)的なイメージがつきすぎたため、あまり好きではなくなったという。また、ボブ・ディランは基本的にはニール・ヤングの音楽は好きではあるのだが、「孤独の旅路」がヒットしていていつもラジオでかかっていた頃には、自身の音楽性と似ているところもあるため、かなりうんざりしていたと語っている。

また、いまや名盤としての評価が確立し、ニール・ヤングの代表作ともされているこのアルバムだが、リリース当時の評価はそれほど芳しいものではなかったようだ。前作の「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」よりも後退しているとする評価が多かったようである。しかし、実際にものすごく売れたことなどもあり、時を経ていくにつれ修正されていったと思われる。

「男は女が必要(原題:A Man Needs A Maid)」「世界がある(原題:There’s A World)」の2曲はロンドンでレコーディングされ、ジャック・ニッチェのアレンジでロンドン交響楽団をフィーチャーしている。これが音楽的にも評価が分かれてもいるようなのだが、「男は女が必要」については歌詞の一部が性差別的なのではないかと、フェミニズムの立場から批判されてもいる。

当時のニール・ヤングは女優のキャリー・スノッドグレスと交際していて、個人的にも幸せなはずだったのだが、それを実感することができないことに対しての罪悪感やジレンマのようなものもかかえていたのではないかと分析されている。それが、「ハーヴェスト」収録曲にあらわれている孤独感のようなものにもつながっているとされてもいる。ニール・ヤングは2019年に自身の公式ウェブサイトに投稿した文章において、「ハーヴェスト」に収録された曲のほとんどはキャリー・スノッドグレスについて書かれたものであることを明かしている。

キャリー・スノッドグレスはアカデミー主演女優賞にノミネートされたり、ゴールデングローブ賞で主演女優賞と新人賞を同時に受賞するなどの活躍を見せていたが、ニール・ヤングと交際し、結婚はしなかったが一子をもうけたこともあり、女優業を休止する。ニール・ヤングと破局した後はジャック・ニッチェと交際していたが、銃で脅されたと訴えを起こしてもいる。これによって、ジャック・ニッチェは有罪判決を受けている。キャリー・スノッドグレスは2004年に58歳で亡くなった。

「ハーヴェスト」の収録曲のうち「ダメージ・ダン(原題:The Needle And The Damage Done)」だけは、1971年1月30日のライブ録音が収録されている。ニール・ヤングの友人や知り合いのアーティストたちがヘロイン中毒によって、その才能をスポイルされていく現実を歌った哀しくも切ないバラードである。このアルバムがリリースされた年にはクレイジー・ホースのメンバーであったダニー・ウィットン、その翌年にはニール・ヤング&クレイジー・ホースのローディーであったブルース・ベリーがヘロイン中毒で亡くなっていて、これがアルバム「今宵この夜」につながっていく。

クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングのメンバーはそれぞれ別々の道を歩みはじめてはいたものの、このアルバムでは「国のために用意はいいか?(原題:Are You Ready For The Country)」にデヴィッド・クロスビーとグラハム・ナッシュ、「アラバマ」にデヴィッド・クロスビーとスティーヴン・スティルス、「歌う言葉(原題:Words(Between The Lines Of Age))」にスティーヴン・スティルスとグラハム・ナッシュがバッキングボーカルで参加している。

「ハーヴェスト」の発売50周年を控えた2022年1月、ニール・ヤングは新型コロナウィルスのワクチンについて誤った情報を拡散するPodcastに抗議する目的で、Spotifyから全音源を削除したことで話題になったりもした。