90年代 邦楽 ベスト

「80年代 邦楽 ベスト」というプレイリストがApple Musicにあり、以前に人それぞれのこれをつくってみるといろいろ楽しいのではないか、というようなツイートを見かけたので、自分でもやってみた上でここでもネタにしたのだが、作業そのものが思っていた以上に楽しかったので、それの90年代篇をやってみることにした。というか、もうやった。ちなみに、以下は「80年代 邦楽 ベスト」をやった時の記事へのリンクである。

80年代 邦楽 ベスト

今回も「80年代 邦楽 ベスト」の時と同様に、同じボーカリストが歌っている楽曲をなるべく1曲しか選ばないというルールを自らに課したのだが、今回ばかりはあまりにも特別すぎて一部、例外をつくらずをえないケースがあった。あと、これも「80年代 邦楽 ベスト」の時と同様なのだが、曲順はほぼ発売日順、曲数はなんとなくキリが良いというのみの理由で100曲で、個人的にSpotifyよりはあらゆる面において圧倒的にApple Music派なのだが、Apple MusicでつくったプレイリストのURLをシェアすると、あらかじめダウンロード購入やCDからのリッピングなどで持っていた音源とマッチした楽曲が欠けてしまうケースがあり、こういうところも含めかわいくていとおしいほどに信者ではあるのだが、ここにURLを貼る目的のためだけに、Spotifyでもまったく同じものでつくり直すということをやってみた。そのため、Apple Musicには入っているのだが、Spotifyには無いというような曲は除外せざるをえなかった。どちらにも無い曲も、当然ながら入っていない。

80年代は個人的に中学生から大学生というポップミュージックをリアルタイムで聴くにはほぼ黄金の時代ではあったのだが、90年代はすでに大人だったため、わりと純粋さに欠けているというか、モテたい以外の動機で聴いていたものも少なくなく、いまいちになっている感は否めない。それで、「80年代 邦楽 ベスト」と同様に、主観と客観戸をトムとジェリーのように仲よくケンカさせてみた結果だとはいえ、今回はやや主観に寄っているかな、というか、リアルタイムでは日本のポップミュージックに対し、客観的であることを意図的に放棄していた時期すらある状態なので、こうなることも仕方がないとはいえる。というわけで、年度別に選んだ曲を挙げていき、簡単に説明を加えた後にプレイリストそのものを貼りたい。

【1990年】

リンドバーグ「今すぐKiss Me」
高野寛「虹の都へ」
BEGIN「恋しくて」
FLYING KIDS「幸せであるように」
東京スカパラダイスオーケストラ「MONSTER ROCK」
たま「さよなら人類」
フリッパーズ・ギター「恋とマシンガン」
ジッタリン・ジン「にちようび」
小泉今日子「La La La…」
ユニコーン「働く男」
RCサクセション「I LIKE YOU」
岡村靖幸「カルアミルク」

この前の年にはじまったテレビ番組「三宅裕司のいかすバンド天国」によって、それ以前からすでに盛り上がってはいたバンドブームがお茶の間レベルにまで広がっていった。世はバブル景気の真っ只中であり、いわゆるトレンディドラマが引き続きヒットしていたわけだが、その1つである「世界で一番君が好き」(主演は浅野温子と三上博史であった)の主題歌にもバンドサウンド的なリンドバーグ「今すぐKiss Me」が使われ、大ヒットした。「三宅裕司のいかすバンド天国」からはいわゆるビートパンク的なバンドよりは、R&Bからの影響が感じられるFLYING KIDSやブルース的な音楽を得意とするBEGINなどがメジャーデビューしてブレイクを果たすのだが、最大のセンセーションはそれ以前からインディーズで活動していた「たま」のユニークな音楽性とヴィジュアルイメージであった。デビューシングル「さよなら人類」はオリコン週間シングルランキングで1位に輝き、年末には「NHK紅白歌合戦」にも出場した。

たま「さよなら人類」と同じ日にフリッパーズ・ギター「恋とマシンガン」が発売されるのだが、これうぁテレビドラマ「放課後ブギ」の主題歌になっていて、当時の日本のポップミュージックのトレンドとはほとんどまったく関係がないながらも、オリコン週間シングルランキングで最高17位を記録した。歌詞が英語だった頃から一部のマニア的な音楽ファンの間では人気があったようなのだが、このシングルで初めて日本語の歌詞で歌い、しかもそのクオリティーがひじょうに高く衝撃的であったことや、インディーポップ的な小さなサークルのみならず、「ロッキング・オンJAPAN」「宝島」といったメディアでもよく取り上げられたことから、ヒットチャートでの最高位や売上枚数以上に、日本のポップカルチャーに大きな影響をあたえる。

【1991年】

小田和正「ラブ・ストーリーは突然に」
GO-BANG’S「BYE-BYE-BYE」
ムーンライダーズ「涙は悲しさだけで、出来てるんじゃない」
槇原敬之「どんなときも。」
ビブラストーン「調子悪くてあたりまえ」
筋肉少女帯「踊るダメ人間」
KUSU KUSU「オレンヂ バナナ」
すかんち「恋のマジックポーション」

バブル景気はこの年の途中で終わったことになっているのだが、一般大衆がリアルにそれを実感するのはもう少し先になる。そして、バブル景気やトレンディドラマ的な楽曲が引き続きヒットしている。すかんち「恋のマジックポーション」はフジテレビ系のバラエティ番組「ダウンタウンのごっつええ感じ」のオープニングテーマであり、当時、多くの日本国民が耳にしていたのではないかと思われる。湾岸戦争のニュースをCNNが報道し続けていたこの年のバレンタインシーズンにチョコレート売場で流れがちだったKAN「愛は勝つ」はビリー・ジョエル「アップタウン・ガール」をモチーフにもした名曲だが、Apple MusicにはあってもSpotifyに無いので入れられず。

【1992年】

渡辺満里奈「バースデイ・ボーイ」
森高千里「私がオバさんになっても」
サザンオールスターズ「涙のキッス」
ドリームズ・カム・トゥルー「決戦は金曜日」
UNITED FUTURE ORCHESTRA「LOUD MINORITY」
井上睦都実「ボーイフレンド」
稲垣潤一「クリスマスキャロルの頃には」

「80年代 邦楽 ベスト」におニャン子クラブ関連は1曲も入っていなかったのだが、ここにきて渡辺満里奈が「バースデイ・ボーイ」で初登場である。とはいえ、この頃にはすっかり「渋谷系」にモードチェンジしている。サザンオールスターズは個人的に「真夏の果実」あたりの方が思い入れが強い、というかそれ以降はあまりちゃんと聴いていなかったのだが、90年代を代表する1曲といえば「涙のキッス」の方が相応しいような気がする。いわゆる「恋愛の教祖」的なアーティストが、ユーミンこと松任谷由実からドリカムことドリームズ・カム・トゥルーにシフトしつつある感じがあったりもした。あと、個人的にはほとんどまったく関係がないのだが、日本でもクラブミュージック的なものが本格的に盛り上がったりもしていたようである。

【1993年】

ザ・コレクターズ「世界を止めて」
フィッシュマンズ「いかれたBaby」
松任谷由実「真夏の夜の夢」
鈴木雅之&菊池桃子「渋谷で5時」
米米CLUB「愛はふしぎさ」
オリジナル・ラヴ「接吻」
ピチカート・ファイヴ「東京は夜の七時」

個人的にこの頃は日本のポップミュージックをリアルタイムではほとんど聴いていないのだが、例外的にローソンの店内放送で流れていたものだけは聴かざるをえないような状況があり、小沢健二のソロデビューシングルはスティーヴィー・ワンダーの曲に似ているな、と思ったりはしていた。それで、付き合いはじめた女子大生の部屋に「ロッキング・オンJAPAN」がよく置いてあったので、それで「渋谷系」的なアーティストのインタヴューを読んだりするようにもなった。

【1994年】

スチャダラパー featuring 小沢健二「今夜はブギーバック (smooth rap)」
Mr.Children「innocent world」
斉藤和義「歩いて帰ろう」
篠原涼子 with t.komuro「恋しさと せつなさと 心強さと」
カーネーション「Edo River」
EAST END + YURI「DA・YO・NE」
小沢健二「ラブリー」

同じボーカリストが歌っている曲をなるべく1曲しか入れないようにしているのだが、フリッパーズ・ギターの元メンバーでもある小沢健二のスチャダラパーとのコラボレーション曲「今夜はブギーバック」と、2作目のアルバム「LIFE」から「ラブリー」を、ここでは選ばざるをえなかった。フリッパーズ・ギター「恋とマシンガン」を含め、この3曲はそもそも入れなければ90年代の日本のポップスが成立しないのではないかぐらいに個人的には感じているのだが、当時はそれほど熱心に聴いていなかったし、自分のお金でCDも買っていない。「今夜はブギーバック」に至っては、スキンヘッドでレゲエとダウンタウンが好きな上司にカラオケでデュエットを促された記憶が、池袋P’パルコのそれよりも濃密だったりもする。「ラブリー」は営業用のノートの表紙に阪神タイガースのロゴと「猛虎襲来」と黒マジックで書いていた先輩がパチンコの景品としてCDを手に入れたといっていて、カラオケで歌っては「Oh baby」のところで、王貞治の一本足打法のポーズを真似ていた印象である。

Mr. CHILDRENはその人気ぶりからしておそらく日本のポップミュージックを代表する偉大なバンドの1つには違いなく、理解できないのは一方的に自分自身に問題があるとしか思えないのだが、さすがにこれは入れておかなければいけないのではないかという気は強くするので、とりあえずこっそり入れておきたい。

【1995年】

かせきさいだぁ「冬へと走りだそう」
カヒミ・カリィ「ELASTIC GIRL」
THE BOOM「風になりたい」
スピッツ「ロビンソン」
L⇔R「KNOCKIN’ ON YOUR DOOR」
シャ乱Q「ズルい女」
真心ブラザーズ「サマーヌード」
小島麻由美「恋の極楽特急」
ソウル・フラワー・ユニオン「満月の夕」
竹内まりや「今夜はHearty Party」
サニーデイ・サービス「恋におちたら」
ウルフルズ「ガッツだぜ!!」

「渋谷系」的なライフスタイルは一切、送ってはいなかった自分にも認知できるぐらいに、「渋谷系」的なものは大衆化していたような気もするのだが、最も好きな女性有名人がカヒミ・カリィだったり、渋谷のFRISCOというCDショップでたまたま聴いた、かせきさいだぁの楽曲にこれはかなり良いのではないだろうか、と思わされることなどがあった。

スピッツはこの少し前から売れていたとは思うのだが、「ロビンソン」が本格的にお茶の間レベルでもブレイクして、こういう洋楽ファンにもアピールするようなギターロックの曲がちゃんと売れるのはすごいことなのではないか、と感じたりしていた。。

真心ブラザーズは80年代のデビュー当時、フォーク時代のRCサクセションのような音楽をやったりしていたのだが、この頃は「渋谷系」のようなものに寄せているようなところもあって、そこにマイルドなモテたさのようなものが感じられもしたので、とても好感が持てた。

ニューエスト・モデルが1990年にリリースした「クロスブリード・パーク」は個人的にかなりよく聴いたアルバムで、ぜひ入れたかったのだが、こっちでソウル・フラワー・ユニオン「満月の夕」を入れる方を選んだのであった。

【1996年】

globe「DEPARTURES」
THEE MICHELLE GUN ELEPHANT「世界の終わり」
JUDY AND MARY「そばかす」
THE YELLOW MONKEY「JAM」
安室奈美恵「Don’t wanna cry」
川本真琴「愛の才能」
久保田利伸 with ナオミ・キャンベル「LA・LA・LA・LOVE SONG」
PUFFY「アジアの純真」
古内東子「誰より好きなのに」
具島直子「Candy」
GREAT 3「Little Jの嘆き」
UA「情熱」
ホフディラン「スマイル」
YEN TOWN BAND「Swallowtail Butterfly~あいのうた~」
SPEED「Body & Soul」

元TM NETWORKの小室哲哉がプロデュースした楽曲は、クラブミュージックにカラオケの要素を取り入れたもので、それが若者たちに圧倒的に受けたともいわれている。当時は街で耳にする流行歌という印象で、あまりちゃんと聴いていなかったのだが、よく聴くと確かにポップミュージックとしてのクオリティーがすさまじい。

これに影響されたのか、アーティストがプロデューサーを務めるケースが続出し、中でも奥田民生が手がけたPUFFYが大ブレイクした。岡村靖幸プロデュースの川本真琴「愛の才能」がつい最近になってストリーミング解禁され、ここに入れられたのはとても良かった。

クラブミュージック的な音楽も次第に一般大衆化していき、UAの「情熱」などはエポックメイキングであった。Charaはソロ曲も入れたかったのだが、ボーカリストとして参加したYEN TOWN BAND「Swallowtail Butterfly~あいのうた~」の方にした。

【1997年】

カジヒデキ「ラ・ブーム~だってMY BOOM IS ME~」
原田知世「ロマンス」
中村一義「犬と猫」
山崎まさよし「One more time, One more chance」
松たか子「明日、春が来たら」
電気グルーヴ「Shangri-La」
広末涼子「MajiでKoiする5秒前」
BONNIE PINK「Heaven’s Kitchen」
Cornelius「STAR FRUITS SURF RIDER」
TRICERATOPS「Raspberry」
エレファントカシマシ「今宵の月のように」
Every Little Thing「出逢った頃のように」
大滝詠一「幸せな結末」
Cocco「強く儚い者たち」
スーパーカー「Lucky」
ACO「揺れる体温(TYO mix)」

「渋谷系」御用達であったマンションの一室にあるレコード店でレジにも立っていたカジヒデキがブリッジを経て、ソロアーティストとしてブレイクしたのだが、トーレ・ヨハンソンによるスウェディッシュポップもトレンド化して、原田知世やBONNIE PINKがそういった作品をリリースした。「渋谷系」といえば、元フリッパーズ・ギターの小山田圭吾がCorneliusとして「FANTASMA」で海外でも高評価を受けるのだが、もちろん特別扱いして何の迷いもなく入れている。

【1998年】

MISIA「つつみ込むように・・・」
the brilliant green「There will be love there -愛のある場所-」
Dragon Ash「陽はまたのぼりくりかえす」
NUMBER GIRL「透明少女」
L’Arc~en~Ciel「HONEY」
KIRINJI「双子座グラフィティ」
RHYMESTAR「B-BOYイズム」
くるり「東京」
宇多田ヒカル「Automatic」

クラブミュージックというかR&B系が日本のポップミュージックにおいてもメインストリーム化し、その象徴ともいえるのがMISIAのブレイクだったわけだが、CDシングルが8cmから12cmに移行していく流れにおいても、印象的なシングルである。こういった状況があった上で、年末には宇多田ヒカルが衝撃のデビューで大ブレイクということになっていく。

モーニング娘。がこの年にデビューして、1999年では「LOVEマシーン」を入れたいところだが、ストリーミング解禁されていないので入れられず。とはいえ、ハロー!プロジェクト系はストリーミングで聴けなかったとしても、ダウンロード購入はできるので助かっている。

【1999年】

椎名林檎「丸ノ内サディスティック」
GRAPEVINE「光について」
Hi-STANDARD「STAY GOLD」
センチメンタル・バス「Sunny Day Sunday」
aiko「花火」
THE BLUE HERB「AME NI MO MAKEZ」
the pillows「Funny Bunny」

メインストリームのヒットチャートとはまた別に、メロコアのようなジャンルもマーケットとして確立するようになったところに、日本のポップミュージックの成熟を感じさせられた。日本のヒップホップもまたしかりである。

個人的には当時、CDを仕入れたり販売するような仕事もしていたのだが、J-POPとは別にJ-LOUDとかJ-RAPとかいう棚をこれぐらいの時期からせっせとつくるようになっていったような気がする。