1980年代 邦楽 ベスト

Apple Musicに「1980年代 邦楽 ベスト」というプレイリストがあって、当時のヒット曲にはどんなものがあったのか手っ取り早く知るには便利なものだが、先日、これをいろいろな人たちがそれぞれの感覚でやってみるとおもしろいのではないかというような意見をSNSで見かけたので勝手にやってみようかという気分になった。

しかし、軽い気持ちではじめてはみたものの、これがなかなか難航し、やっとのことでとりあえず完成したので、ここで取り上げておきたい。ちなみにオリジナルのプレイリストでは112曲が選曲されているのだが、ここではなんとなくキリが良いので100曲とした。あとは1アーティスト1曲というルールを勝手に設けたのだが、アーティスト名は異なってもリードボーカリストが同じ曲はなるべく被らないようにするとか、そういったこともやっていった。

ところでApple Musicでプレイリストをつくったとして、そのURLを公開すると元々データを購入したりCDからリッピングしてiTunesのライブラリにあった音源とマッチした場合、それが反映していないという問題が生じることがある。ちょっと何を言っているかよく分からない方にはよく分からないし、分かる方にはすぐにお分かりいただけると存じるのだが、そのためここではSpotifyを用いることにした。個人的には圧倒的なApple Music派であり、Spotifyはプレミアムプランにすら現在は入っていないため、プレイリストをつくってから曲順を変えるなどができない状態なのだが、一旦、Apple Musicで作成したものを見ながら1曲ずつ順番にちまちまと追加していくという努力をしてみた。

そういったわけで、選曲の基準もSpotifyのカタログにあるものに限定されることになった。曲順については原則的には発売日順だが、場合によってはヒットされた時期などを考慮してそうなっていないところもある。とにかく、個人的な主観と客観をトムとジェリーのように仲よくけんかさせながらつくってみたのだが、なんとなく当時の雰囲気が時系列で追体験できたりできなかったりするようにもなっているかもしれない。それで、各年度別におおまかな解説を行った後に、プレイリストそのものを貼っていきたい。

【1980年】

沢田研二「TOKIO」
イエロー・マジック・オーケストラ「テクノポリス」
プラスチックス「COPY」
ヒカシュー「20世紀の終りに」
アナーキー「ノット・サティスファイド」
EPO「DOWN TOWN」
もんた&ブラザーズ「ダンシング・オールナイト」
山口百恵「ロックンロール・ウィドウ」
ジューシィ・フルーツ「ジェニーはご機嫌ななめ」
長渕剛「順子」
斉藤哲夫「いまのキミはピカピカに光って」
松田聖子「青い珊瑚礁」
シーナ&ザ・ロケッツ「ユー・メイ・ドリーム」
オフコース「YES-NO」
寺尾聰「SHADOW CITY」
浜田朱里「あなたに熱中」
五十嵐浩晃「ペガサスの朝」

10年分で100曲ということは1年平均10曲に当然なるわけだが、初年度の時点ですでに17曲を消化している。しかも、1979年にリリースされた曲がいくつか入っている。1980年代のベストなのだから1980年1月1日以降にリリースされた楽曲を対象とすべきという考えにも納得はできるのだが、たとえばイエロー・マジック・オーケストラ「テクノポリス」、シーナ&ザ・ロケッツ「ユー・メイ・ドリーム」などの場合、発売されたのが1979年の秋であるにもかかわらずオリコン週間シングルランキングで最高位を記録したのが1980年の半ば以降であり、やはり1980年のヒット曲という印象がひじょうに強い。逆に発売されたのが1979年なのだから1970年代のベストに入っていたとしても、違和感が残るというものである。

寺尾聰「SHADOW CITY」はヒットしたのが翌年の1981年で、この年の年間1位シングル「ルビーの指環」に引っ張られたような感じではあるが、ラジオのCMスポットなどはそれ以前から聴いていたような記憶があり、しかもこのトゥットゥルトゥーンとかばかり歌っていてなかなか本題に入らないこの曲は何なのだ、というような記憶もある。「ルビーの指環」よりもこっちの方がいまの気分になんとなくしっくりくるのではないかという、きわめてあいまいな理由で選ばれている。山下達郎「RIDE ON TIME」はぜひとも入れたいところではあるのだが、ご存じの通りSpotifyにもApple Musicにも入っていない。

プラスチックス、ヒカシュー、ジューシィ・フルーツなどに、YMOだけではなかったテクノブームが感じられる。とはいえ、実際にまだかなり売れていたのはニューミュージックであり、長渕剛「順子」、オフコース「YES-NO」などがそれを代表している。歌謡ポップス界の大御所たちにはまだ勢いがあり、この年というか80年代は沢田研二の「TOKIO」ではじまった印象だったが、糸井重里の時代を象徴もしている。「東京」を「TOKIO」というつながりでイエロー・マジック・オーケストラ「テクノポリス」、そして、プラスチックス、ヒカシューへと続いていく。

山下達郎「RIDE ON TIME」は入れられなかったが、シュガー・ベイブ「DOWN TOWN」のカバーでEPOがデビュー、「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマに使われより広く知られるようになるのはこの翌年だが、当時からラジオではよくかかっていた。山口百恵はこの年で引退することになっていたのだが、低迷していたフレッシュアイドル界に活況をもたらした松田聖子は「青い珊瑚礁」で大ブレイクした。勝手に決めた1アーティスト1曲縛りでどの曲を入れるべきか悩ましくもあったのだが、当時のインパクトやその後の日本のポップミュージック界への影響などを考え、この曲となった。

浜田朱里はポスト山口百恵の有力候補として期待もされていたのだが、それほど売れなかった。しかし、この曲などはいま聴いてもとても良いし、声もとても魅力的である。作詞は糸井重里である。田原俊彦「哀愁でいと」もひじょうに重要な楽曲だが、Spotifyにないので入れられずである(Apple Musicには再録音されたバージョンならある)。斉藤哲夫「いまのキミはピカピカに光って」は女子大生だった宮崎美子が出演して話題になったカメラのCMで流れまくっていて、この年の夏を象徴する楽曲の1つである。五十嵐浩晃「ペガサスの朝」は翌年にヒットするが、この曲がなければ大滝詠一のナイアガラ・トライアングルに抜擢されていたかもしれない、という話もあったような気がする。

【1981年】

ザ・ぼんち「恋のぼんちシート」
T.C.R.横浜銀蝿R.S.「ツッパリHigh School Rock’n Roll (登校編)
シャネルズ「街角トワイライト」
松原みき「ニートな午後3時」
ビートたけし「俺は絶対テクニシャン」
大滝詠一「君は天然色」
松山千春「長い夜」
イモ欽トリオ「ハイスクール・ララバイ」
麻倉未稀「ミスティ・トワイライト」
浜田省吾「ラストショー」
岩崎良美「ごめんねDarling」
シュガー「ウェディング・ベル」
近田春夫&ビブラトーンズ「Soul Life」

漫才ブームということで元旦に発売されたザ・ぼんち「恋のぼんちシート」が大ヒットするのだが、やはりこの年からはじまった「ビートたけしのオールナイトニッポン」でこの曲のパクリ疑惑を告発したところ、作曲者の近田春夫があっさり認めたために盛り上がらず。ビートたけしは後にテクノ歌謡の名曲とされる「俺は絶対テクニシャン」をリリースした。校内暴力が社会問題になっていたり暴走族の写真集がベストセラーになっていたりしたが、当時はヤンキーという言葉がまだ関西の方でしかあまり使われていなかったと思われ、ツッパリという呼ばれ方がポピュラーであった。それで、そういったツッパリ文化の象徴として、T.C.R.横浜銀蝿R.S.のブレイクなどがあったわけである。当時はツッパリ的なもの全般に対して苦々しい気分をいだいていたのだが、いま聴くとなかなかご機嫌なロックンロールである。

大滝詠一「A LONG VACATION」はこの年にリリースされ、オリコン年間アルバムランキングで寺尾聰「リフレクションズ」に次ぐ2位の大ヒットとなり、今日でいうところのシティ・ポップ的な感覚のトレンド化に大きな役割を果たした。前年に社会現象的ともいえる盛り上がりを見せたテクノブームは早くも失速していて、イモ欽トリオ「ハイスクールララバイ」で細野晴臣がYMOの高度なセルフパロディーを行っていた。岩崎良美「ごめんねDarling」は「ベスト・オブ・マイ・ラヴ」歌謡とはいえ、良いものは良い。近田春夫&ビブラトーンズは「金曜日の天使」を本当は入れたいのだが、配信されていないので、歌詞とタイトルが異なっている「Soul Life」である。矢野顕子「春咲小紅」がApple Musicにはあるが、Spotifyにはないので入れられない。

【1982年】

忌野清志郎+坂本龍一「い・け・な・いルージュマジック」
矢沢永吉「YES MY LOVE」
山下久美子「赤道小町ドキッ」
中森明菜「スローモーション」
松本伊代「TVの国からキラキラ」
一風堂「すみれ September Love」
吉田美奈子「頬に夜の灯」
上田正樹「悲しい色やね」

RCサクセションは個人的にひじょうに思い入れが強いアーティストではあるのだが、勝手に決めたルールによって忌野清志郎がリードボーカルの曲を1曲のみとした場合、80年代ベストというコンセプトだとこの曲を外すわけにはいかず、バンドの曲を入れることができなかった。入れるとすれば、「トランジスタラジオ」だろうか。あとは、タイマーズ「デイ・ドリーム・ビリーバー」もである。

中森明菜は他にもいろいろあるのだが、やはりデビューシングルのこの曲のクオリティーが圧倒的すぎるので、これになってしまった。松本伊代はデビューシングル「センチメンタル・ジャーニー」ではなく、糸井重里が作詞した「TVの国からキラキラ」がその存在としてのすごさを正確に伝えていたような気がする。吉田美奈子「頬に夜の灯」は当時まったくヒットはしていなかったのだが、いまやシティ・ポップの名曲としての評価を確立しているし、やはり当時の雰囲気を感じさせもする。上田正樹「悲しい色やね」はこの翌年にヒットした。

テクノ歌謡ではスターボー「ハートブレイク太陽族」、真鍋ちえみ「ねらわれた少女」などApple MusicにもSpotifyにもないので入れられず切ない。

【1983年】

安部恭弘「STILL I LOVE YOU」
村田和人「一本の音楽」
早見優「夏色のナンシー」
杉真理「懐かしき80’s」
稲垣潤一「夏のクラクション」
THE MODS「激しい雨が」
国分友里恵「スノッブな夜へ」
大貫妙子「色彩都市」
飯島真理「まりン」
安全地帯「ワインレッドの心」
尾崎豊「十七歳の地図」
杏里「WINDY SUMMER」

この当時、シティ・ポップというサブジャンル名は稲垣潤一や安部恭弘のことは指していたかもしれないが、大滝詠一や山下達郎のことは指していなかったような気もするのだが、もしかすると記憶違いかもしれないし、いまとなってはほとんどどうでもいい。あとはこういったシティ・ポップ的なサウンドのお茶の間化においては、林哲司が果たした役割がひじょうに大きいように思われる。

テクノブームはとっくに終息していたのだが、YMOもこの年で解散ならぬ散開することになる。しかし、テクノ的な音楽性は日本のポップミュージック界に明らかに影響を及ぼしていて、テクノ歌謡と呼ばれる音楽やテクノ的なシティ・ポップなどをも生み出していく。大貫妙子や飯島真理の作品は、その系譜にあると思われる。早見優「夏色のナンシー」なども。

杉真理「懐かしき80’s」はけして代表曲というわけではまったくないのだが、80年代の真っ只中に80年代を懐かしむ未来を予想して書いたような曲が、いま聴くとちゃんとしっくりくるというところにすさまじさを感じる。日本のポップミュージック全般の成熟の過程として、大人向けポップスの発展ということがあり、安全地帯「ワインレッドの心」などはその代表例のように思える。尾崎豊の登場は、80年代の軽薄短小的なものこそを良しとする風潮に対するアンチテーゼだったのかはよく分からないのだが、後に若者のカリスマとして大人たちがつくり上げたイメージに絡めとられたような印象があるものの、この時点でひじょうに優れたシンガーソングライターであったことには間違いがない。

原田知世「時をかける少女」はApple Musicにはかろうじてあるのだが、Spotifyには再録音されたバージョンしかないので入れられず。

【1984年】

アルフィー「星空のディスタンス」
柏原芳恵「ト・レ・モ・ロ」
岡田有希子「ファーストデイト」
竹内まりや「プラスティック・ラヴ」
佐野元春「COMPLICATION SHAKEDOWN」
戸川純「レーダーマン」
サザンオールスターズ「ミス・ブランニュー・デイ」
大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」
薬師丸ひろ子「Woman ”Wの悲劇より”」
アン・ルイス「六本木心中」
井上陽水「いっそセレナーデ」
チェッカーズ「ジュリアに傷心」

テクノ、ニュー・ウェイヴ、シティ・ポップ、アイドル歌謡、大人向けポップスと、それぞれに進化していったひじょうにおもしろい時期である。大人向けポップスについては小林麻美「雨音はショパンの調べ」に代表させたくもあったのだが、Spotifyにない。高橋真梨子「桃色吐息」などでも良かったのだが、アルバム「9.5カラット」や安全地帯や中森明菜に提供した曲も売れまくって、第2のピークともいえる状態にあった井上陽水「いっそセレナーデ」にした。

柏原芳恵「ト・レ・モ・ロ」はテクノ歌謡として、当時ひじょうに衝撃を受けた。竹内まりや「プラスティック・ラヴ」はアルバム「VARIETY」の代表曲として当時はけして見なされてはいなかったのだが、昨今の状況なども考慮してやはり入れるべきという判断にわりとすぐになった。佐野元春は「SOMEDAY」なのではないかというところも確かにあるのだが、やはり「VIOSITORS」の衝撃が大きく、その1曲目に収録された「COMPLICATION SHAKEDOWN」である。サザンオールスターズもまだJ-POPの大御所ではなく、日本語ロックの革命児であった時代を象徴する楽曲として「ミス・ブランニュー・デイ」にした。

【1985年】

C-C-B「Romanticが止まらない」
斉藤由貴「卒業」
杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語」
河合奈保子「デビュー~Fly To Me Love~」
荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」
レベッカ「ガールズ ブラボー!」

阪神タイガースが21年ぶりに優勝し、フィーバーしたわりにはコンサヴァティヴな年だったような印象もある。ちなみにこの年にデビューしたおニャン子クラブ関連から、おそらく何か1曲ぐらいは入れるべきなのだろうが、当時わりと好意的だったにもかかわらず1曲も入れられなかった。最終選考まで残っていたのは、河合その子「青いスタスィオン」である。

河合奈保子は当時の歌謡ポップス界への貢献からも何か入れてしかるべきなのだが、個人的には明るくて上品さも感じられるイメージにピッタリで、唯一のオリコンNO.1ヒットでもある林哲司による「デビュー~Fly Me To Love」で即決であった。荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」はユーロビートの歌謡ポップス化、レベッカは「フレンズ」ではなく「ガールズ ブラボー!」で、中山秀征が主演していたテレビドラマ「ハーフポテトな俺たち」のオープニングテーマである。「ラズベリー・ドリーム」「MOON」などもとても素晴らしいのだが、NOKKOの元気なキャラクターが生かされていてとても良いのでこの曲にした。

【1986年】

渡辺美里「My Revolution」
米米クラブ「Shake Hip!」
TUBE「シーズン・イン・ザ・サン」
PSY・S「Woman・S」
いとうせいこう&TINNIE PUNX「東京ブロンクス」
ムーンライダーズ「9月の海はクラゲの海」

渡辺美里「My Revolution」は優等生的なところが個人的にあまり気に入っていなかったのだが、顔が完全に好みであるという理由で当時は良いと思っていたのだが、イントロを聴いただけで当時の気分を甦らせるパワーにおいては驚異的なものがある。メロディーにもいま聴くとひじょうにオリジナリティーがあり、実は小室哲哉の作曲家としての出世作でもあったわけである。

米米クラブはデビュー前にライブを見たりもしていたのだが、本格的にブレイクする前のこの曲を聴いた時にこれはかなり良いのではないかと感じた。TUBE「シーズン・イン・ザ・サン」を当時はまともに聴いていなかったのだが、実はとても良い。PSY・Sやムーンライダーズの曲は特にヒットしてはいないのだが、日本のポップミュージックの良心的なところの継承として果たした役割は大きいと感じている。いとうせいこう&TINNIE PUNX「東京ブロンクス」は日本のヒップホップ黎明期を代表する名曲で、これも当時ヒットしてはいないがとても重要だと思われる。

【1987年】

パール兄弟「TRON岬」
TM NETWORK「Get Wild」
BOØWY「MARIONETTE」
松任谷由実「思い出に間に合いたくて」

BOØWY、TM NETWORKといえば、当時ひじょうに流行っていたのだが個人的にまったくハマらなかったアーティストの代表でもあるのだが、それは年を取すぎていたからと、ポップミュージックに対する趣味や嗜好が凝り固まってきていたからではないかと、推測される。それでいまではそのすごさも分かるわけだが、90年代以降のMr.CHILDRENなどに対しても、いつかそう感じられる時が訪れるのだろうか。

松任谷由実でなぜこの曲なのかということについては、なかなかちゃんとした説明ができないわけだが、「純愛三部作」第1弾「ダイアモンドダストが消えぬまに」収録曲でシングルカットもされていない。よく分からない「純愛」ブームというのはバブル景気とも結びついていたのだが、その象徴ともいえる歌詞やサウンドという意味で、個人的には初めてリアルタイムで松任谷由実の音楽をものすごく気に入ってレコードを買ったというのが大きいのか。

パール兄弟「パールトロン」は日本のロック&ポップスの名盤の1つだと信じて疑わないのだが、中でもこの「TRON岬」という曲は当時のサイバーパンクブームやウォーターフロント開発に、バンドサウンドが流行しているにもかかわらず、なんだかシティ・ポップ的な感じのことをやっているところなど、特にその良さが凝縮されているように感じる。

THE BLUE HEARTSが当然に入ってしかるべきなのだが、ご存じの通りSpotifyにもApple Musicにもない。

【1988年】

ラ・ムー「愛は心の仕事です」
南野陽子「吐息でネット」
岡村靖幸「Super Girl」
エレファントカシマシ「ファイティングマン」
LA-PPISH「リックサック」
ピチカート・ファイヴ「これは恋ではない」
久保田利伸「Dance If You Want It」
高野寛「See You Again」
プリンセス・プリンセス「GET CRAZY!」
BUCK-TICK「JUST ONE MORE KISS」

菊池桃子のラ・ムーは当時は完全にネタとして嘲笑気味なムードの方が優勢だったような気もするし、個人的にもアイドル時代に握手会に行ったりするほど好きだったこともあって、何じゃこりゃ的な感想をいだいてはいたのだが、いまや完全にカッコいいと感じているほどには流されまくっている。

日本のメインストリームのポップスにソウルミュージックやR&Bの要素が入っていく上で、久保田利伸が果たした役割はあまりうにも大きいように感じられるのだが、このぐらいの時期からサウンドもかなり本格的になっていったような気がする。南野陽子については当時はほとんど関心がなかったのだが、この時代にあってアイドルポップス古来の上品さのようなものを保持していて、楽曲のクオリティーも高く、ボーカルに個性がありながら聴いているうちにだんだん好きになっていくタイプだと気づいて、長生きはするものだと思った。

プリンセス・プリンセスで「Diamonds」「世界でいちばん熱い夏」ではなく「GET CRAZY!」を挙げることについて、単なる逆張りだと誤解されることは仕方がないのだが、ロックのお茶の間化という観点からプリンセス・プリンセスを語る上では、よりロック的でかつ三上博史、麻生祐未、工藤静香(大江千里も!)などが出演したトレンディドラマ「君が嘘をついた」の主題歌であったこの曲を挙げることに躊躇がない。というか、実は一旦「Diamonds」を入れたのだがしっくり来ずに外したものの、やはりプリンセス・プリンセスは入れておくべきではないだろうかと思い直し、この曲を入れたらしっくりきたという経緯ではある。

岡村靖幸とエレファントカシマシは当時こればかり聴いていたのと、いま聴いても良い。ピチカート・ファイヴと高野寛は当時は聴いていなかったが、いま聴くととても良い。

【1989年】

バービーボーイズ「目を閉じておいでよ」
森高千里「ザ・ストレスー中近東ヴァージョンー」
COMPLEX「BE MY BABY」
ユニコーン「大迷惑」
小泉今日子「Fade Out」
中村由真「Dang Dang 気になる」
Wink「淋しい熱帯魚」
筋肉少女帯「日本印度化計画」
中山美穂「Virgin Eyes」
ドリームズ・カム・トゥルー「うれしい!たのしい!大好き!」
ジッタリン・ジン「エヴリデイ」
The ピーズ「バカになったのに」

平成元年であり「三宅裕司のいかすバンド天国」がはじまった年である。世はバンドブームであり、個人的にもこの番組はおもしろく見ていた。FLYING KIDSもたまもこの翌年までデビューしないが、ジッタリン・ジンはすぐにデビューした。そして、サウンドもカッコよかったが、ボーカリストのクールなたたずまいがとにかく好きだった。

小泉今日子は他に挙げるべき曲がたくさんあるのだが、個人的には当時のトレンドであったハウスミュージックを取り入れ、歌謡曲的なメロディーもちゃんと入れている近田春夫によるこの曲があまりにも好きすぎて、他を寄せつけない。中山美穂もデビューは「毎度おさわがせします」の不良少女役だったものの、シティ・ポップ的になればなるほどとても良く、ここでも「色・ホワイトブレンド」などではなくて「VIRGIN EYES」ということになる。

実は最初にApple Musicでプレイリストをつくっていた時に、最後は山下達郎「クリスマス・イブ」で締めようと思っていた。元々は1983年のアルバム「Melodies」に収録され、その年にシングルカットもされていたのだが、最もヒットしたのは1989年に再発された時であり、JR東海のテレビCMの影響もあり、オリコン週間シングルランキングで初の1位に輝いた。山下達郎の曲はほとんど配信されていないのだが、この曲はApple Musicにあったので最後にも相応しく時系列的にも合っているし、これは良いやと思っていたものの、Spotifyにはなかったので入れられなかった。それで、まさかのThe ピーズで締めることになった。これもまた、らしさが出ていて良いのかもしれない(一般的にまったくヒットしてはいないのだが、The ピーズを入れないという選択肢は当然あり得ない)。