ビリー・アイリッシュ「ハピアー・ザン・エヴァー」について。

ビリー・アイリッシュの2作目のアルバム「ハピアー・ザン・エヴァー」がApple Musicの「まもなくリリース」にわりと以前から表示されていて、もうじきリリースされるのだろうなとは思っていたのだが、リリース日を調べるわけでもなく、それにしてもまだリリースされないのかと思っているうちに、誰かのツイートでリリースされたことを知り、そのうち聴いておかなければいけないなと思ったのであった。それで、仕事は休みだったのだが、後日、楽をするために新宿ミロードの快適な休憩所で作業を進めようと思ったのだが、その時に何か音楽でも聴こうとした時に、そういえばビリー・アイリッシュのニュー・アルバムがリリースされていたな、と思い出し聴いたのであった。

軽くチェックだけはしておこうという程度の感心ではあったのだが、なかなか良くて、夜までの間に4、5回ぐらい聴いているような気がする。まず、1曲目の「ゲッティング・オールダー」の時点で、音数が少なめなミニマル気味なサウンドはこれまでと変わらないのだが、それがさらに研ぎ澄まされているように感じられる上に、ボーカルの表現力が格段に上がったように思える。ビリー・アイリッシュの正確な年齢を知らなくていま調べたところ19歳ということだったのだが、前作よりもグッと成長したように感じられる。それでわりとしんどい実体験というか、若くして大スターにして世代の代弁者的な立場に押し上げられ、しかもこのセレブリティーカルチャーというかSNSなどによって世界中から監視されているような状況のど真ん中にいるという、当人ならではの視点からの表現でありながら、その便利になったけれどもそれゆえの息苦しさのようなものはわりと共有されやすいのではないか、というような気もした。

それで、次の「アイ・ディドゥント・チェンジ・マイ・ナンバー」がヒップホップ的なR&Bのフォーマットをビリー・アイリッシュ流のポップ・ソングとして成立させたかのような楽曲で、内容も別れた恋人に対する感情をあらわしたもので、これはいままでのビリー・アイリッシュのイメージとはチト(河内)のだが、それでいてビリー・アイリッシュ以外ではありえないという記名性もしっかりとあって、なかなか良いのではないかと感じた。前作がリリースされたのが一昨年で、アーティストのアルバムをリリースするスパンとしてはごく一般的ではあるのだが、この年齢ということもあるのだろうが、成長が目覚ましいように思える。前作の特徴であったダークな感じというのが後退していて、ありきたりな表現を用いるならばより大人になったということなのだろうが、それがポップ・ミュージックとしてのクオリティー向上にもつながっているように思える。

「ビリー・ボサ・ノヴァ」などという曲は、タイトルからして前作からはなかなか考えられないのではないだろうか。オーガニックでジャジーなサウンドにのせて、どうやら禁断の恋のようなものについて歌われているような気がする。そして、「マイ・フューチャー」だが、これは昨年の時点、というかいまからちょうど1年前ぐらいにすでにリリースされていた曲で、その時にも聴いていていたのだが、その時にはそれまでのビリー・アイリッシュとは雰囲気が違うが、どうもらしくないような気もする、という感想だったような気がする。それがこのアルバムの流れの中で聴くと、なんだかとても良いのである。

今回のアルバムジャケットを見ると、ビリー・アイリッシュの髪の色がブロンドであることに気づかされる。これまでのイメージといえば、あの個性的な緑色の髪の色であり、全体的にダークな雰囲気であった。このある意味、イメージチェンジなどとも言いたくなってしまう変化は、このアルバムを聴くと内面から現れたものなのではないか、と思えたりもする。そして、ボーカリストとしてもよりオーセンティックな方向性を志向しているいるというか、ニュー・ウェイヴやベッドルーム・ポップよりも、ジャズやブルースに感覚としては近いものを目指しているのではないかというような気がする。この「マイ・フューチャー」にはそれが特に感じられ、なかなか聴かせるじゃないかと思っていると、途中からビートが加わり、なんだかシティ・ポップみたいにもなっていく。これは、大人の音楽ファンにも受けそうである。

「オキシトシン」のタイトルの意味はホルモンの一種ということだが、エレクトリックなダンス・ポップみもあり、セクシーな気分が感じられたりもする。この時点ですでにひじょうにバラエティーにとんだポップ・アルバムなのだが、それでいてビリー・アイリッシュの作品でしかありえないという強烈な個性も感じられる。ウィスパー気味のボーカルというスタイルにそれほど変化はないように思えるのだが、その表現力の幅と深みがレディオヘッドの「パブロ・ハニー」から「ザ・ベンズ」ぐらい成長しているように感じられる。この曲などを聴いていると、ビリー・アイリッシュは将来的に、ポップ・カルチャー史におけるマドンナのような存在にも逆の方向性からなりうるのではないか、などとも思えてくるのだ。

かと思えば次の「ゴールドウィング」はディズニー映画の主題歌かとも思えるオーセンティックなアカペラコーラス、それに続いて音楽的な実験性も感じられるリズムが独特なダンス・ポップへと突入していく。

9曲目に収録されている「ノット・マイ・リスポンシビリティ」は、前作のツアー中にすでに公開されていた曲のようだが、ポップ・アイコンとして知名度が上がっていく中で感じた様々な思いをリアルに告白したポエトリー・リーディング的な楽曲になっている。しかし、これが有名人の告白以上のリアリティーを持って聴く者に迫ってくるのは、これはコミュニケーションや先入観、イメージや自分自身であり続けることといった、多くの人々に共通するテーマについて、彼女自身の経験を通し、シリアスに表現しているからであろう。

その後も充実した楽曲が満載なのだが、13曲目の「NDA」から繋ぎめなしでヒットシングル「ゼアフォー・アイ・アム」に続くあたりも、実に気持ちいい。そして、アルバムのタイトルトラック「ハピアー・ザン・エヴァー」が次の曲で、弾き語りな感じでわりと辛辣な内容を歌うというギャップ系かと思いきや、途中から様子が変わり、かなり本格的に怒りをぶちまける的な感じになっていき、この辺りの構成およびカタルシス感が半端ではない。いや、これはすごい本当に。

ビリー・アイリッシュは基本的に楽曲を実兄のフィニアス・オコネルと共作しているのだが、今回のアルバムの最後に収録された「メイル・ファンタジー」は完全に自分だけでつくったともいわれているようだ。これが嫌いになるべきなのにどうしてもなれない相手に対する絶妙に微妙な思いを歌った内容になっているのだが、前作までのイメージであったダークなシンセ・ポップではなく、オーガニックなシンガー・ソングライター的な楽曲になっているところが興味深い。

トータルしていえるのは、様々なタイミングや運や才能によって、2021年の時点においてポップ・アイコンにして時代の寵児的な存在であるビリー・アイリッシュがそれに相応しいクオリティーを備えた最新アルバムをリリースしたということである。その内容は、より幅広いポップ・ミュージックファンにもアピールするようなものになっているように思える。

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