竹内まりや「VARIETY」

竹内まりやの6作目のオリジナルアルバム「VARIETY」は、1984年4月25日に発売された。2022年4月時点の印象では、「プラスティック・ラブ」が入っているアルバムとして、よく知られているような気もする。とはいえ、当時、このアルバムを代表する楽曲としてラジオでよくかかっていたのは、1曲目に収録され、先行シングルとしてリリースもされていた「もう一度」である。イントロからして竹内まりやの夫であり、このアルバムのプロデューサーである山下達郎のコーラスがはっきりとフィーチャーされている。山下達郎は1982年にアルバム「FOR YOU」、翌年にはあの「クリスマス・イブ」も収録した「Melodies」を大ヒットさせていて絶好調だったのだが、この年にも6月20日にサーフィン映画「BIG WAVE」のサウンドトラックをリリースし、オリコン週間アルバムランキングで最高2位を記録した。「夏だ!海だ!タツローだ!」とまだ言われていたかどうかは定かではないのだが、サザンオールスターズや松任谷由実と並んで、若者に人気のアーティストという印象であった。

「もう一度」はTBS系のテレビドラマ「くれない族の反乱」の主題歌にも使われていて、オリコン週間シングルランキングで最高20位のヒットを記録した。竹内まりやは1978年にアルバム「BEGINNING」とシングル「戻っておいで・私の時間」でデビューし、その後、「SEPTEMBER」「不思議なピーチパイ」をヒットさせたりするが、1981年にはアーティスト活動を休業することになり、翌年には山下達郎と結婚した。それからはアイドル歌手に楽曲提供をするようになり、ヒットした河合奈保子「けんかをやめて」などには特に人気があった。「もう一度」は竹内まりやにとって、アーティストとして約3年ぶり、結婚後初の新曲としてリリースされたのだが、その11日後には竹内まりやが作詞・作曲をした「ファースト・デイト」で、アイドル歌手の岡田有希子がデビューを果たしていた。

1970年代後半、日本のポップ・ミュージック界ではニューミュージックが大流行していて、若者を中心に支持をあつめていた。ニューミュージックというのは、歌謡曲や演歌をのぞいた日本のポップ・ミュージックのわりと広範囲をカバーしていたようにも思えるのだが、その中にはフォークソングや後にシティ・ポップと呼ばれるようになるものなども含まれていた。ニューミュージックのアーティストにもいろいろな人たちがいたのだが、自分でつくった曲を歌う、いわゆるシンガー・ソングライターと呼ばれる人たちの存在がひじょうに目立っていた。いま思うと完全に間違えているのだが、当時の思春期の若者としては、プロの作詞・作曲家がつくった曲を歌っているだけの歌謡ポップスの歌手よりも、次作の曲を歌っているシンガー・ソングライターの人たちの方がなんとなくエラいのではないか、というような気分にもなっていたのであった。

それで、ニューミュージックの方が歌謡曲よりも進んでいるというかカッコいいというかモテそうというようなイメージもあり、ヒットチャートにもニューミュージックのアーティストが次々とランクインするようになっていった。とはいえ、実際には職業作家や他のニューミュージック系アーティストの曲を歌っていることが多く、シンガー・ソングライターというわけでもないような人たちも実は少なくはなかった。このような状況で、歌謡ポップスの新人アイドルなどはちょっと一昔前の価値観を体現するような存在にも思えて、実際にブレイクすることがなかなか難しかった。これには、ちょうど歌謡ポップス界の大御所、ピンク・レディー、沢田研二、山口百恵、西城秀樹、郷ひろみなどの人気がひじょうに高く、このジャンルの新人が付け入る隙というのがなかなかなかった、というような状況もある。そんな中、フレッシュな新人アイドルとしては、石野真子や榊原郁恵は健闘していたような気がする。

それはそうとして、年末の音楽賞レースの新人賞といえばアイドルや演歌歌手がノミネートされるものだが、この頃にはニューミュージックの歌手も選ばれたりしていた。また、ニューミュージック系の若い女性アーティストが新人アイドルのような売られ方をされ、男性誌のグラビアに登場するというようなこともあった。竹内まりやもまた、ニューミュージックのアーティストでありながら、芸能人的な仕事もいろいろやらされていて、そこに疑問を感じながら活動をしていたようなところもあったようである。竹内まりやはアマチュア時代から、山下達郎や大貫妙子がかつて所属していたバンド、シュガー・ベイブのライブを見にいくなどしていたようなのだが、デビュー後は山下達郎と仕事でかかわるようになり、悩みを相談したりする中で関係を深めていったようである。竹内まりやと山下達郎の仲は当時の芸能レポーターなどからも興味本位で取り上げられたりもして、この経験が山下達郎の「FOR YOU」に収録された「HEY REPORTER!」にも反映しているように思える。

山下達郎が竹内まりやと結婚をしてからまだそれほど経っていない頃に、坂本龍一がNHK-FMでやっていた「サウンドストリート」にゲスト出演していたのだが、この番組をわりと以前から聴いているという山下達郎に対し、坂本龍一は「夫婦で聴いてるんですか?」「一応、同棲してたんですか、前は?」などと聞いて、「君は何を言ってるんだ!?」などと苦笑されていておもしろかった。「VARIETY」から先行シングルとしてリリースされた「もう一度」のカップリング曲として、「本気でオンリーユー(Let’s Get Married)」が収録されていたのだが、英語詞による結婚ソングでもあるこの曲に引用されたメンデルスゾーン「結婚行進曲」を演奏しているのは坂本龍一である。「VARIETY」ではA面の1曲目が「もう一度」、2曲目が「プラスティック・ラブ」で3曲目がこの曲となっている。

当初は以前の竹内まりやのアルバムと同様に、様々な作詞・作曲家やアーティストによってつくられた曲を収録しようとしていたようなのだが、アーティスト活動休止期間中に竹内まりやが書き溜めていた楽曲のクオリティーがあまりにも高かったことから、自作曲だけでいこうということになったようだ。タイトルが「VARIETY」というだけあって、曲のタイプは様々であり、いずれもポップソングとしてひじょうに優れている。ジャケット写真がモノクロームのポートレートであるように、アルバム全体にはどこかノスタルジックな雰囲気がただよっている。プロデューサーの山下達郎や竹内まりやの趣味であり資質でもある、オールディーズ・バット・グッディーズでエヴァーグリーン志向な特性があらわれているともいえる。

「もう一度/本気でオンリーユー(Let’s Get Married)」の次にこのアルバムからシングルカットされた曲が、ビートルズ的なノスタルジーをテーマにした「マージービートで唄わせて」であったことも、このアルバムのオールディーズ的なイメージを強化していたように思える。そんな中で、A面2曲目に収録された「プラスティック・ラブ」は当時においてはけしてノスタルジックではなく、アルバムにおいて特異な楽曲でもあったような気がする。それでも、全体から浮いているという感じがあるわけでもなく、スパイス的な役割でしっくり馴染んではいた。しかし、代表曲という感じではまったくなく、いかにもA面2曲目というような収まり具合だったように思える。

オールディーズ・バット・グッディーズかつエヴァーグリーンではなく、アップ・トゥ・デイトでインスタントな雰囲気が「プラスティック・ラブ」には感じられ、それは意図したものだったように思える。失恋の痛手から感情がなくなり、心が通わない表面的な恋愛を繰り返している、というような内容に、曲調やサウンドはマッチしていたといえる。「恋なんてただのゲーム」というフレーズが、それを象徴しているようである。当時、「VARIETY」をリアルタイムで聴いていて、この曲のこともわりと気に入っていたのだが、あくまでA面2曲目に収録されたスパイス的な楽曲、という印象であった。

1989年に山下達郎の「JOY -TATSURO YAMASHITA LIVE-」というライブ・アルバムがリリースされているのだが、その中で「プラスティック・ラブ」がカバーされてもいた。「VARIETY」での竹内まりやのボーカルは、曲の内容に合わせてだと思うのだが、あえてクールに抑えていたような印象があるのだが、山下達郎によるこのライブ・バージョンは実にエモーショナルであり、それで曲の良さに再注目させられた。それから、「VARIETY」に収録された竹内まりやのバージョンを聴くと、これはなかなか良いのではないかと思わされ、時代はバブル真っ盛りでもあった。

どうしたことか、この「プラスティック・ラブ」が海外の音楽リスナーに大好評で、ジャパニーズ・シティ・ポップブームのようなものが起こっているなどといわれはじめたのは、「VARIETY」がリリースされてから30年以上経った、2010年代後半のことだっただろうか。きっかけとなった動画が非公式にYouTubeにアップロードされたのは2017年7月だったということだが、その少し前から日本国内でもシティ・ポップリバイバルのムードはなんとなく高まっていた。

2021年の暮れあたりだと思うのだが、新宿アルタのエレベーターに乗っていると、フルーツサンドの店で売り子をやっていた20歳ぐらいの女性が竹内まりやのアナログレコードが買いたいのだが、レコードプレイヤーを持っていない、というようなことを言っていて、いまやそのような受け方もしているのかと思い知らされたりもした。