マーヴィン・ゲイの名曲ベスト10

マーヴィン・ゲイは1939年4月2日に生まれ、地元の教会の聖歌隊で歌いはじめたのが音楽活動のはじまりであった。モータウンと契約し、数々のヒット曲を世に送り出した後、70年代には社会問題をテーマにした新しいタイプのソウルミュージックをつくり上げたことでも知られる。その一方で、性愛についての楽曲にも素晴らしいものが多く、晩年にはレーベルを移籍し、打ち込みを用いたラヴバラードをヒットさせたりもしていた。今回はそんなマーヴィン・ゲイの楽曲の中から、これは特に名曲なのではないかと思える10曲を挙げていきたい。

10. I Want You (1976)

マーヴィン・ゲイの14作目のアルバム「アイ・ウォント・ユー」のタイトルトラックで、シングルカットもされた。全米シングル・チャートでは、最高15位を記録している。当時、モータウンと契約するアーティストでもあったリオン・ウェアがダイアナ・ロスの弟、アーサー・”T-ボーイ”・ロスと共作し、自身のアルバムに収録する予定だったのだが、レーベルの創設者であるベリー・ゴーディ・ジュニアの薦めでマーヴィン・ゲイに提供することになった。

ディスコ的なフィーリングも感じられるソウルミュージックで、当時のマーヴィン・ゲイにとっては新境地でもあったのだが、クロスオーヴァー的に味わい深い曲になっていて、当時のガールフレンドに対して抱いていた深い想いにもマッチしていたという。セッション・ミュージシャン時代のレイ・パーカー・ジュニアがギタリストとして参加しているこの曲は、後にマドンナとマッシヴ・アタックのコラボレーションによってカバーもされた。

9. You’ll All Need To Get By (duet with Tammi Terrell) (1968)

マーヴィン・ゲイはタミー・テレルとのデュエットでも、素晴らしい作品をいくつか残しているのだが、この曲もそのうちの1つである。世代によっては、1995年にメソッド・マンとメアリー・J・ブライジが大ヒットさせた「アイル・ビー・ゼア・フォー・ユー/ユーアー・オール・アイ・ニード」の元になった曲としての方が、よく知られているかもしれない。

80年代に「ソリッド」をヒットさせる夫婦デュオ、アシュフォード&シンプソンによってつくられた楽曲で、当時の典型的なモータウンサウンドとはタイプがやや異なっている。タミー・テレルはこの翌々年に、病によって亡くなるのだが、マーヴィン・ゲイは結局のところその喪失感からは完全に立ち直ることができなかったともいわれる。

8. Mercy Mercy Me (The Ecology) (1971)

ポップミュージック史に残る歴史的名盤としても知られるアルバム「ホワッツ・ゴーイン・オン」からシングルカットされ、全米シングル・チャートで最高4位を記録した。洗練されたサウンドに乗せて様々な社会的な問題について歌われてもいることがアルバムの特徴なのだが、この曲においてはサブタイトルからも想像できるように、環境問題が取り上げられている。1990年にロバート・パーマーが「アイ・ウォント・ユー」とのメドレーでカバーし、全英シングル・チャートで最高9位を記録しているほか、2006年にはザ・ストロークスがシングル「ユー・オンリー・リヴ・ワンス」のB面でカバーしていた。

7. Inner City Blues (Make Me Wanna Holler) (1971)

「ホワッツ・ゴーイン・オン」のアルバムから3枚目のシングルとしてカットされ、全米シングル・チャートで最高9位を記録した。アメリカのインナー・シティにおけるタフな生活状況がテーマになっていおて、シリアスでメッセージ性の強い歌詞と洗練されたサウンドとボーカルというアルバムの特徴が、この曲においても明確にあらわれている。

6. Got To Give It Up (1977)

プライベートでの裁判費用などによって資金がひじょうに不足していたマーヴィン・ゲイは、この問題を解消するためにヨーロッパ・ツアーに出たりもしていたというのだが、ロンドンでのライブを収録した2枚組アルバムをもリリースした。この曲はそのアルバムに収録された唯一のスタジオ録音による楽曲であり、全米シングル・チャートでは1位に輝く大ヒットになった。

当時、流行していたディスコミュージックをぜひというレーベルからの要望に応えた楽曲だともいわれ、ジョニー・テイラーの全米NO.1ヒット「ディスコ・レディー」に強く影響されているともいわれる。当初のタイトルは「ダンシング・レディー」であり、実際にマーヴィン・ゲイによって何度もそう歌われてもいる。映画「ブギー・ナイト」やスパイク・リー監督のいくつかの作品など、サウンドトラックに使用されることもひじょうに多い。

5. Ain’t No Mountain High Enough (duet with Tammi Terrell) (1967)

アシュフォード&シンプソンによってつくられたタミー・テレルとのデュエット曲であり、全米シングル・チャートで最高19位を記録した。深い愛について歌われた感動的なラヴソングであり、この後で病に倒れることになるタミー・テレルとマーヴィン・ゲイの関係性も含め、広く知られることになった。後にダイアナ・ロスによるカバーバージョンが、全米シングル・チャートで1位に輝いている。

4. Let’s Get It On (1973)

アルバム「レッツ・ゲット・イット・オン」のタイトルトラックにして先行シングルであり、全米シングル・チャートで1位に輝いた。ファンキーなサウンドとセクシーでロマンティックな歌詞とボーカルが特徴的であり、マーヴィン・ゲイのセックスシンボル的な存在感を際立たせたともいわれているが、元々はよりメッセージ性の強い歌詞だったようだ。

3. Sexual Healing (1982)

モータウンからCBSコロムビアに移籍後、初のアルバム「ミッドナイト・ラヴ」から先行シングルとしてリリースされ、全米シングル・チャートで最高3位を記録した。その週の上位2曲はメン・アット・ワーク「ダウン・アンダー」、TOTO「アフリカ」で、3週目にはパティ・オースティン&ジェームス・イングラム「あまねく愛で」が2位に上がってきた。

それはそうとして、個人的にマーヴィン・ゲイのことは佐野元春の1981年のシングル「ダウンタウン・ボーイ」における「Marvin Gayeの悲しげなsoulにリズム合わせてゆけば」という歌詞で初めてその存在を知ったのだが、リアルタイムの音楽ファンとして初めて聴いたのがこの曲であった。打ち込みによるリズムを用いたソウルミュージックちょいうのも当時としてはまだ新しく、後のポップミュージックにも影響をあたえていくのだが、濃厚にセックスのイメージが強い音楽性に圧倒された記憶がある。しかも、この曲がグラミー賞も受賞していた。この後、マーヴィン・ゲイは1984年4月1日、45歳の誕生日前日に、実の父との口論の末に射殺されるという衝撃の最期を迎えることになった。

2. I Heard It Through The Grapevine (1968)

「悲しいうわさ」の邦題でも知られる曲で、全米シングル・チャートで1位に輝いた。恋人が浮気をしているのを知ってしまったというたまらない状況をテーマにした内容が広く共感を得たのではないかと思うのだが、マーヴィン・ゲイのボーカルパフォーマンスがまたすごいことになっている。ノーマン・ホイットフィールドとバレット・ストロングによってつくられたこの曲は、まずはスモーキー・ロビンソン&ザ・ミラクルスによってレコーディングされたのだが、シングルとしてはリリースされず、マーサ&ザ・ヴァンデラスのバージョンがシングルでは先に発売されたのだが、最もヒットさせたのはマーヴィン・ゲイであった。ニューウェイヴ時代には、ザ・スリッツによる素晴らしいカバーバージョンも生んでいる。また、日本のロックバンド、GRAPEVINEのバンド名はこの曲の原題がその由来となっている。

1. What’s Going On – Marvin Gaye

1971年のアルバム「ホワッツ・ゴーイン・オン」のタイトルトラックにして先行シングルで、当時の邦題は「愛のゆくえ」であった。全米シングル・チャートでは最高2位を記録し、その週の1位は同じくモータウンに所属していたテンプテーションの「はかない想い」であった。それまでの路線とは異なったシリアスでメッセージ性の強い内容はおそらく売れないのではないかとレーベルからは反対されるのだが、リリースしてみたところ全米アルバム・チャートで最高3位、シングル・カットされた3曲はいずれも全米シングル・チャートで10位以内にランクインしたほか、批評家からも高く評価された。

様々な社会的な問題を取り上げ、それらに対する疑問や異議申し立てを訴えた作品であり、それがひじょうに洗練されたサウンドに乗せて歌われているところが大きな特徴である。そして、ここで取り上げられた諸問題は発売から半世紀以上が過ぎた後においても解決されていなく、それゆえにこの作品の価値も以前として高いものになっているともいえる。2020年にアップデートされた「ローリング・ストーン」誌の歴代ベスト・アルバムリストでは、ビーチ・ボーイズ「ペット・サウンズ」やジョニ・ミッチェル「ブルー」などを抑えて、「ホワッツ・ゴーイン・オン」が1位に選ばれていた。シンディ・ローパーやチャカ・カーンなどによってカバーされているが、日本のアーティストによるものでは、いとうせいこうの1989年のアルバム「MESS/AGE」に収録されたバージョンが印象的である。