宇多田ヒカルの名曲ベスト20【前編】

1998年12月9日にシングル「Automatic/time will tell」で衝撃のデビューを果たして以来、J-POPシーンのトップであり続け、大衆性と実験性とが共存したハイクオリティーな作品を次々と発表している。J-POPというか日本のポップミュージックの歴史は宇多田ヒカル以前と以降に分けられるといっても過言ではないだろう。

2022年1月19日の8thアルバム「BADモード」リリースを機に、それまでの軌跡を20曲に厳選した名曲の数々と共に振り返っていきたい。

2回に分けてやっていくうちの前編にあたる今回は1998年のデビューからいわゆる「人間活動」期を経て2016年に活動を再開する以前までの期間を取り上げていきたい。

便宜上「ベスト20」というタイトルになっているのだが、その軌跡を振り返ってみようというコンセプトもあって、曲はほぼ発売順に並べていて順位はつけていない。

Automatic (1998)

1998年の冬にいつの間にか売れていて、かなり話題にもなっていたデビューシングルである。特にこの新人アーティストがこの時点でまだ15歳であることや、母親が演歌歌手の藤圭子であることなどはよくピックアップされていたような気がする。作詞・作曲を自らが行っていることについてもである。

J-POPのメインストリームにもR&B的な音楽が少しずつ広がってきていて、1996年のUA「情熱」やこの年のMISIA「つつみ込むように…」などを経て、この曲が決定打となった印象がある。

R&Bをベースにした音楽性ではあるが、ボーカルはいわゆるディーバ系などと呼ばれるソウルシンガー的なものではなく、それほど太くはなく絶妙にコントロールされていて適度にウェットでもある。

この曲のビデオを一体どこで見たのかはよく覚えていないのだが、確かに何度も見ていたことは確実である。おそらくCDショップのモニターやテレビの情報番組などだった可能性が高いような気がする。

そして、イントロが流れた瞬間に意識がタイムスリップするぐらいには、あの時代の記憶と一体化している。

とにかくものすごく売れたのだが、このシングルは8cmと12cmの2種類で発売されていて、当時のオリコン週間シングルランキングでは別々に集計していた。合算すれば間違いなく1位だったのだが、売り上げが8cmと12cmに分散したこともあり、最高2位に終わっている。

First Love (1999)

宇多田ヒカルのデビュー曲「Automatic」はミディアムテンポの楽曲だったが、次の「Movin’ on without you」はアップテンポで12cm盤の方がオリコン週間シングルランキングで初の1位に輝いた。

これらの楽曲も収録されたデビューアルバム「First Love」は1999年3月10日に発売され、初動で200万枚を超える売上を記録した。最終的には756万枚にまで達し、オリコンアルバムランキングでは歴代1位を記録している。

アルバムがそれだけ売れていたにもかかわらず、シングルカットされたタイトルソング「First Love」もしっかり売れて、オリコン週間シングルランキングでは12㎝盤の方が最高2位を記録している。

いわゆる失恋ソングになるわけだが、「最後のキスはタバコのflavorがした」という歌い出しの時点ですでにつかみはOKである。カラオケでもよく歌われ、オリコンカラオケチャートでは15週連続で1位を記録した。

Can You Keep A Secret? (2001)

ジャム&ルイスがプロデュースした「Addicted To You」「Wait &See~リスク~」、そして「For You/タイム・リミット」が連続してオリコン週間シングルランキングで1位になるなど、引き続き絶好調の状態が続いていた宇多田ヒカルだが、2001年には2作目のアルバム「Distance」からの先行シングルとして「Can You Keep A Secret?」がリリースされ、これもまた順当に1位になる。

この前の年の秋に宇多田ヒカルはコロンビア大学に入学していたのだが、この曲は通学時に車でセントラルパークを通っている時に浮かんだのだという。

テレビドラマ「HERO」の主題歌に起用されたり、ミュージックビデオには恋人役としてロボットが出演していることなども話題になった。

この曲も収録したアルバム「Diatance」が発売されたのは2001年3月28日だったが、同日に浜崎あゆみのベストアルバム「A BEST」も発売され、1995年夏のイギリスにおけるブラーVSオアシスばりに大いに盛り上がった。

traveling (2001)

2001年11月28日に8枚目のシングルとしてリリースされ、オリコン週間シングルランキングではやはり1位に輝いた。

シンセポップやクラブミュージックからの影響が感じられるサウンドの変化が特徴的だが、このシングルから作詞・作曲だけではなく、編曲も宇多田ヒカル自身が行うようになった。

SF的な世界観のセットでピンク色の髪をした宇多田ヒカルもノリウノリなビデオもひじょうに話題になり、DVDシングルもかなり売れていた。監督は後に宇多田ヒカルの夫となる紀里谷和明である。

光 (2001)

10枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングでまたしても1位に輝いた。3作目のアルバム「DEEP RIVER」にも収録された。

タイトルの「光」は宇多田ヒカルの本名でもある。ずっと孤独を受け入れて生きてきたのだが、突然の光を他の人から得たというような内容なのだが、それでもしっかりとした確信は持てず、どこか不安に揺れている心象風景がリアルに描写されている。

台所で宇多田ヒカルがずっと食器を洗っているだけという斬新なビデオは、「traveling」と同じく紀里谷和明が監督している。この曲の歌詞には結婚を予感させるところもいくつかある。

プレイステーション2ソフト「キングダムハーツ」のエンディングテーマでもあった。

SAKURAドロップス (2002)

宇多田ヒカルの11枚目のシングルとしてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで1位に輝いた。3作目のアルバム「DEEP RIVER」では1曲目に収録されている。

J-POPにはいつしかたくさんの「桜」ソングが生まれていたのだが、これは宇多田ヒカルにとってのそれでもある。とはいえ、発売されたのは桜がすっかり散っていたであろう5月になってからである。そして、タイトルからはやはりサクマドロップを連想してしまう。

宇多田ヒカルの音楽というのは洋楽的なセンスをベースにはしているのだが、特にこの曲などはメロディーに日本的な情緒も感じられ、そのバランスがまた絶妙である。

COLORS (2003)

12枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングでは順当に1位に輝いた。この後、宇多田ヒカルは充電期間に入る。2004年に初のベストアルバム「Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL.1」、2006年には4作目のオリジナルアルバム「ULTRA BLUE」に収録されている。

J-POPのメインストリームとしてしっかりヒットする大衆性を保ちながら、アレンジ面では実験性も感じられ、オルタナティヴポップなどと世界的に呼ばれることになるようなタイプの音楽を、いま思うと先がけてやっていたようにも思える。

誰かの願いが叶うころ (2004)

13枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングではこれもまた1位に輝いた。当時の夫である紀里谷和明が監督した映画「CASSHERN」のテーマソングでもある。

ピアノとストリングスによるシンプルなアレンジ、英語の単語が一切入っていない歌詞などに新境地が感じられる。そして、「誰かの願いが叶うころ あの子が泣いてるよ」というフレーズの意味の濃さである。

この後、宇多田ヒカルは全編英語詞による全米デビューアルバム「EXODUS」をリリースする。

Be My Last (2005)

全米デビュー後、日本国内での活動再開第1弾としてリリースされた通算14枚目のシングルで、オリコン週間シングルランキングで1位に輝いた。

歌詞に暗さが感じられ、それゆえの切実さとでもいうべきものがボーカルパフォーマンスからもひしひしと伝わってくる。この背景には様々な状況があったようにも思えるが、きわめて個人的な赤裸々さがユニバーサルな表現になってしまうという優れたアーティストにありがちなことがここでは起こっているのだろうか。

Flavor Of Life (2007)

18枚目のシングルでオリコン週間シングルランキングでは3週連続1位、年間シングルランキングでは2位の大ヒットを記録した。

テレビドラマ「花より男子2(リターンズ)」のために原作コミックのファンであった宇多田ヒカルが書き下ろした曲であり、ファンの間でも人気がひじょうに高い。

CDシングルでは2トラック目に収録された「Flavor Of Life-Ballad Version」がテレビドラマでは使われ、ミュージックビデオにもこちらが収録されている。

Beautiful World (2007)

アニメーション映画「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」のテーマソングとしてリリースされ、オリコン週間シングルランキングで最高2位を記録した。

それまでの作品ではけして使うことがなかった「Beautiful」という単語をタイトルに入れていることも含め、通常のオリジナル楽曲とはまた違ったテイストが感じられもする。

アニメーション映画の主題歌としての制約がむしろ自由度を高めたのではないかと思えるほど、アレンジがアブストラクトに奔放でとても良い。

Prisoner Of Love (2008)

宇多田ヒカルの5作目のアルバム「HEART STATION」からシングルカットされ、オリコン週間シングルランキングで最高2位を記録した。

愛の囚われ人ということで、とてもディープなことが歌われてもいるのだが、それがスッと入ってくるようにつくられてもいることにすごみを感じる。

元々は英語詞のアルバムに収録する予定だったのだが、やはり日本語で歌いたいということになったらしい。テレビドラマ「ラスト・フレンズ」の主題歌にも使われていた。

桜流し (2012)

宇多田ヒカルは2009年にUtadaのアーティスト名で全米向けにアルバム「ディス・イズ・ザ・ワン」を配信し、翌年にはアメリカやイギリスでライブも行うのだが、その年の8月に年内いっぱいでアーティスト活動をやめて「人間活動」に専念することを発表する。

アーティストとして本格的に活動を再開するのは2016年になるのだが、その間にリリースされた楽曲として、「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」の主題歌である「桜流し」がある。宇多田ヒカル自身の作品に対する思い入れと制作スタッフからの熱烈なオファーによって、「人間活動」中にもかかわらず特例的に実現したとされている。

作編曲はイギリスのアーティスト、ポール・カーターとの共作となっていて、この前年に発生した東日本大震災について歌われていると思われる静謐で気高い感じではじまり、次第にエモーショナルな祈りにも似た感覚へと向かっていく。それは大切な人との永遠の別れについて歌われているのだが、そこに愛はあるはずという信頼、または願いに基づいているのだろうか。

配信限定でのリリースであり、Billboard Japan Hot 100で最高2位を記録した。

宇多田ヒカルの名曲ベスト20【後編】