ウィッグフィールド「サタデイ・ナイト」について。

1994年のイギリスといえばブラー「パークライフ」、オアシス「オアシス」が共に全英アルバム・チャートに輝き、ブリットポップがいよいよメジャーに盛り上がってきたという印象があった。個人的にもオアシスについてはデビュー前に「NME」の付録に付いてきたカセットテープで初めて聴いてから、「スーパーソニック」「シェイカーメイカー」「リヴ・フォーエヴァー」というシングルも欠かさず買って、夏の終わりにリリースされたデビュー・アルバム「オアシス」の内容も素晴らしく、9月15日にはクラブクアトロでの初来日公演にも行って、ひじょうに盛り上がっていたことが思い出される。

とはいえ、全英シングル・チャートではこの時点でブラーが「ガールズ・アンド・ボーイズ」で最高5位、オアシスは「リヴ・フォーエヴァー」が最高10位でやっと初めてトップ10入りしたところであった。では、当時のイギリスではどのようなシングルが売れていたのかというと、ウェット・ウェット・ウェットの「愛にすべてを」が6月14日付から9月10日付まで、15週連続1位であった。トロッグスが1967年にヒットさせた曲のカバー・バージョンで、映画「フォー・ウェディング」のサウンドトラックに使われていた。ウェット・ウェット・ウェットはこの映画のためにカバー・ソングを提供してほしいという依頼を受けて、グロリア・ゲイナー「恋のサバイバル」、バリー・マニロウ「涙色の微笑」との候補曲の間でこの曲を選んだ。翌週も1位が続いていれば、ブライアン・アダムス「アイ・ドゥ・イット・フォー・ユー」の持つ最長記録に並ぶところだったが、バンドはすでに1位でいることにうんざりしてもいたのだという。

そして、9月17日付の全英シングル・チャートにおいて、ウェット・ウェット・ウェット「愛にすべてを」に替わって1位になったのは、ウィッグフィールドの「サタデイ・ナイト」であった。当時、金曜の深夜にフジテレビ系で放送されていた「BEAT UK」を見ていた人達であれば覚えているだろう。実にキャッチーで中毒性があるが、一方でイラつかせる可能性も考えられるダンス・ポップである。あの時代におけるバブルガム・ポップとでもいうべきか、とにかく単純明快で深みのようなものはない。インディー・ロックやブリットポップ的なもの期待して「BEAT UK」を見ていた視聴者たちにとって、この曲が1位であることはそれほど望ましいことでもなかったのかもしれない。こういうのも実は大好きな私は、すぐにCDシングルを買っていたものである。

ウィッグフィールドの本名はサニー・シャーロット・カールソンで、出身はデンマークのコペンハーゲンである。ウィッグフィールドというステージネームは、ピアノの先生の名前から取っている。服飾デザインを学んだ後にイタリアに渡り、モデルとして活動しながらクラブのPRの仕事もやっていたのだという。そのうち、音楽関係者とも知り合い、歌うようになっていくのだが、それほどボーカリストとしての技術が高かったわけでもなく、「サタデイ・ナイト」は20テイクぐらい取ったうちから、良いところをつなぎ合わせたものらしい。

これがヨーロッパでヒットして、特にスペインでは11週連続1位を記録したのだという。イギリス人の中には、夏の休暇にヨーロッパを訪れるケースも少なくはなく、現地のヒット曲を自国に持ち帰ってヒットさせることもあるのだという。レコード会社もヨーロッパではすでにヒットしているのだが、イギリスでのリリースをあえてこれぐらいの時期まで引き延ばす傾向があるのだという。「サタデイ・ナイト」もまさにそういったパターンであり、それが功を奏してか、この年の全英シングル・チャートでウェット・ウェット・ウェット「愛にすべてを」に次ぐ2位を記録する大ヒットとなった。

女の子がパーティーか何かに出かける前のウキウキする感じを音像化したような楽曲で、陰湿な音楽オタクのためにはつくられていない。そこが個人的にひじょうに好ましく感じられるところである。まず、曲の出だしからして、「ディディナナナー」と、面倒くさいことはほとんど何も考えていなく、気分を重要視しているようなノリに好感が持てる。「ビー・マイ・ベイビー」「プリティー・ベイビー」というようなフレーズも、これぞ常套句という感じでキマっている。そして、ウィッグフィールドのボーカルにあらわれている、いかにも一過的ではかなげでもあるのだが、間違いなくその瞬間は最高を体現している感じ、この辺りもポップスの真髄という感じでとても良い。

「デリー・ガールズ~アイルランド青春物語~」とい1990年代半ばの北アイルランドはデリーを舞台にしたドラマをNetflixで見ていると、パーティーでこの曲が流れる場面があった。やはりとても盛り上がっていて、ダンスフロアで全員が同じ振り付けをする。元暴力団員だというアルバイト先の先輩に連れていってもらった、80年代の新宿歌舞伎町は東亜会館のディスコを思い出した。このダンス・ルーティーンはウィッグフィールドが特に率先してはじめたものでもなく、ダンスフロアで自然発生的に生まれたともいわれているが、「トップ・オブ・ザ・ポップス」でこの曲がパフォーマンスされた時に、バックダンサーによって踊られてもいた。

土曜の夜というのは、たとえば休日が日曜日しかないような状態であれば一週間のうちで最も盛り上がる時間ではないかと思うのだが、それゆえにこれをテーマにした曲がたくさん出ている。ベイ・シティ・ローラーズやエルトン・ジョン、ブリットポップではスウェードや日本のシティ・ポップでは山下達郎、松任谷由実、EPO(いずれも「オレたちひょうきん族」のエンディングテーマだが)、他にもいろいろあるのだが、個人的にその気分を最も正確に体現しているのは、ウィッグフィールドの「サタデイ・ナイト」なのではないかと考えるのである。

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